第54話 藤巻さんへの疑惑

文字数 1,455文字

ひとまず今夜はその話はそこまでとなり、
あたしは混乱させた頭をクールダウンさせるために
ルーフバルコニーに出た。

するとマシロも後からやって来た。

「あ……」

何となく気まずい空気が流れた。

「嘘ついててごめん。騙す気はなかったんだ」

「いや、あたしは大丈夫だけど。漂はショックだったかもね」

「うん……」

しばらく二人の間に沈黙が流れた。

「ねぇ、あんたさぁ、橙子さんの事好きだったの?」

あたしが聞き、マシロはしばらく黙っていたが

「あぁ」

と言った。

「川島橙子に会えたら、二人で逃げようと思ってた。
どこかで二人で一緒に暮らせたらって。
時代も超えられれば逃げ道広がると思って、
テレポート装置も作り始めていたんだけど……」

「そっか……
諸々間に合っていれば今頃橙子さんと一緒にいれたんだな」

マシロは何も答えず遠くを見ていた。

「あたしも…… 元の時代に好きな人がいたんだ。
何年か後に一緒に暮らせるかもしれなかった。
だから何となくあんたの気持ちわかる」

そう言うとマシロは

「そっか」

とだけ答えた。

「お互い、再会できるといいな」

あたしが笑うと

「そうだな」

とマシロも目を伏せて笑った。

後日、藤巻さんへの疑惑をどう解明するか、
あたしとマシロと漂は作戦会議をした。

あたしは結局人前ではマシロを「大河」と呼ぶことにして、
三人だけの時は「マシロ」と呼ぶ事にした。

「マシロが藤巻さんと直接話せる機会があるといいよな」

漂もマシロと呼ぶ事にしたようだ。

「でもどうやって近づいたらいいかな?」

マシロは首をひねった。

「あ! あたし良い事思いついた!!」

「は?」

「え?」

二人はあたしを見た。

「二人とも同じ顔だからさぁ、
マシロが漂として空手の稽古でぷりずむ苑に入ればいいんじゃない?」

二人はきょとんとしてあたしを見た。

「髪型変えればわからないって!!」

あたしがさらに続けると

「え? でも俺空手なんてやった事ないし」

とマシロは言った。

「それは怪我しちゃったから
今日は監督だけって事にすればいいじゃん。
基礎練くらいならあたし教えられるし!」

あたしが言うと

「なるほどな、それはアリかもな」

と漂も同意した。

そして土曜日、漂のフリをして髪型を変えたマシロは、
どっちがどっちかわからないほど見事な変身っぷりだった。

「それじゃ行って来ます!」

「グッドラック!」

親指を立ててグッとこちらに突き出す仕草の漂に見送られ、
あたしとマシロは揃って家を出て、ぷりずむ苑に向かった。

「大丈夫かなぁ?」

不安そうなマシロだったが

「全然! 見た目は完璧!」

とあたしも親指をグッと立てた。

ぷりずむ苑に到着し玄関を入ると

「透子ちゃんーー」

と子供達が駆け寄って来た。
しかしその中に今日は紫苑の姿がない。

「あれ? 紫苑は?」

あたしが聞くと

「紫苑は別の施設に移ったんだよ!」

と子供達の一人が教えてくれた。

「え!? 別の施設ってどこに!?」

「知らなーい」

子供達は互いに顔を見合わせて言った。

すると職員室の方から見知らぬ中年女性が
「こんにちは」と言って出て来た。

「こ、こんにちは…… えっと藤巻さんは?」

とあたしは挨拶もそこそこに尋ねると

「藤巻施設長は退所したのよ。知らなかった?
あ、私は新しい施設長の青木です」

と答えた。

「退所!?
藤巻さん、どこに行ったんですか!!!!」

あたしは思わず大きな声を出して言うと

「個人情報になるから教えられないのよ」

と新施設長は申し訳なさそうに言った。

あたしは思わずマシロの顔を見上げると、
マシロも驚いた顔をしてこちらを見た。

藤巻さん…… そして紫苑も……

これは一体どういう事なのか!?

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み