第46話 チェリー

文字数 1,716文字

繁華街から少し離れた静かな通りに出て、
さらに細い路地をいくつか曲がると古びたマンションの前に出た。

「ここだよ。二階だから女の子でも安心だよ」

と黒いジャンパーの男は言っている。

本当に行っても大丈夫だろうか?
心臓がドキドキ鳴っている。

大河、漂……。
思わず二人の顔が目に浮かんだ。

「あの…… あたしやっぱり……」

マンションの通路を歩きながら男にそう申し出ると

「何? 帰る所あんの?」

と男はこちらの弱みに付け込むような事を言い、
逃げられないように、通路を塞いで立ちはだかった。

「さぁ、この部屋だよ」

男はマンションの一室の鍵を開け、扉が開いた。

ここで素直に部屋に入っってしまったらもう引き返せないかも……
一か八か!!

そう思ったあたしは一瞬の隙をついてするりと部屋に入ると、
力一杯ドアを閉め、すかさず鍵とチェーンをかけた。

「うわ! なんだこのアマ!!」

ドアがガチャガチャと鳴り、扉が再び開いたが、
チェーンがかかっているのでドアは少しの隙間だけ開いて
ガチッと音を立て止まった。

「開けろこの野郎!!」

男はドアの隙間から鋭い眼光でこちらを睨みつけて叫んでいる。

警察に電話!!

そう思い、バッグからスマホを取り出し
画面を見たが「圏外」となっていた。

そうか、ワイファイの無い所は繋がらないんだ!!

仕方ない、窓から逃げられるか!?

と部屋の奥に入ると人の気配に思わず
「きゃあ!」と悲鳴を上げた。

6畳ほどの部屋に敷かれたマットレスの上に
薄いキャミソール一枚で座っている少女がいた。

「何してるの!?」

あたしが聞くと

「あんたこそ何!?」

と驚いた顔で少女は言った。

「あいつは何者!?」

あたしが少女に聞くと

「あたしはあいつに雇われてるんだ。
あんた、この世界をまだ知らない子だね?
悪い事言わないからさっさと逃げな」

少女は言った。

「あんたは?
あんたは逃げないのか?
このままここにいるのか?」

「ここしか居場所がないんだよ……」

少女は目を伏せて膝を抱えた。

玄関からは相変わらずガチャガチャという音と、
男の怒号が響いている。

「一緒に行こう!!」

あたしはそこら辺にあったブランケットを少女の肩から羽織らせ、
手を引いて窓を開けた。

「え? でも……」

その少女は躊躇したが

「早く!!」

とあたしはその子を促し、二人は窓枠に座った。

「飛ぶよ!!」

とあたしはその子と手を繋ぎ

「せーの!!」

と窓枠から飛び降りた。

ドザァ!! とあたしたちは
マンション裏の駐車場のアスファルトの上に落ちた。

「痛……」

少女の膝には擦り傷が出来ていたが、他に怪我はなさそうだ。

「走るよ!!」

あたしは少女の手を引いて駐車場から
細い路地をいくつも曲がってその場から逃げた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

路地を細かく折れながら走り、
人気のないビルの影にあたしたちは身を潜めた。

「ひとまずここまで走れば大丈夫だろ……」

弾んだ息を整えながらあたしは言った。

「外に出たの久しぶり」

少女は言った。

年の頃はあたしと同じくらい、
いやほんの少し上かもしれない。

「私はチェリー。源氏名だけどね」

少女は微笑んで言った。

「あたしは透子」

「あんたも家出してきたの?」

「え、うん、まぁ……」

あたしは口ごもった。

「あんた、家出少女みたいだけど
親御さんには大事に育てられたタイプだね。
親にゴミみたいに扱われた子はもっと物欲しそうな目をしてる」

「……」

あたしは何も言えなくなった。

「チェリーは家に帰らないのか?」

「あたしは施設育ちだから」

そう言ってチェリーは遠くに目をやり、こう付け足した。

「あんたは早く帰んな」

あたしは梓山にいた頃からグレていたけれど、
学校も行けたし片親でボロアパートだったけど
ちゃんと住む所もあってご飯も毎日食べられた。
チェリーみたいな本当に行き場のない子もいるんだな。

「チェリーはどうすんだよ。またあそこに戻るのか?」

「わかんない。
同じ所に戻るかどうかわかんないけど、
あたしはこうやって食べてくしかないから」

あの場所には戻って欲しくない。そう思った。
思ったが、それじゃどうしたらいいのか……?

その時、藤巻さんの顔が頭に浮かんだ。

「そうだ! 思い当たる場所がある!!」

あたしはチェリーに向かって言うと

「思い当たる場所?」

とチェリーは目を見開いた。

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