第57話 抽選会

文字数 1,191文字


理事長が出張の日、漂も朝早くにペントハウスを出て行った。

「なるべく早く帰る! あ、お土産買ってくっから!」

漂はあたしをまっすぐに見てにっこり笑いかけ、
「じゃっ!」と片手を斜め上に上げ玄関から姿を消した。

漂に笑顔を投げかけられるなんて珍しい……。

「それじゃ銀次郎さんを駅まで送って、私もそのまま出かけるわ」

翠さんが言い

「透子くん、自分の孫を疑う訳では無いが、
何か困った事があったら連絡くれたまえ」

と理事長は言った。

そして二人は「それじゃ」と申し訳なさそうな空気を出しつつ、
玄関を出て行った。
マシロはまだ起きてこない。

「ふぅーー」

とあたしはリビングのソファに腰を下ろした。

「ねぇねぇ、大河様と漂様と一つ屋根の下で生活してて
意識とかしないの?」

この間桃奈が言った言葉がふと頭をよぎった。
これまで二人きりになる事とかなかったからなぁ……。
あたしはちらっと二階へつながる階段を横目で見た。

「あーー! あたしも出かけよう!!」

家にいるのが落ち着かないあたしは、買い物でも行こうと外に出た。

そろそろ冬物のニットなど欲しいなと思っていたので、
バスに乗ってショッピングモールに向かった。

若い女子をターゲットにしたお店に入り、店内を見回すと、
ダボっとしたシルエットでちょっと長めの丈の
アイボリーのタートルネックに、
ダークグレーのタイトなロングスカートが目に入る。

「うーーん」

値札を見ると今月のお小遣いが消えてしまう額だったので悩んだが、
気に入ったので、「えい買っちゃえ!」とレジに向かった。

支払いをしていると

「今、抽選会を開催しているので、抽選券お付けしておきますね!」

とスタッフに一回分の抽選券を手渡された。

「へーー」

あたしはその抽選券を持って、抽選会場に向かった。

「はいはい! お嬢さん!!
抽選はこっちだよーー!!」

法被(はっぴ)を着たおじさんが威勢良く声をかけ、
モールの一角に設けられた特設会場には、お客さんが列をなし、
ガラガラという福引の抽選機を回す音が響いていた。

あたしも列に並び順番が回って来ると

「一回だけなんですけど……」

と抽選券を係の人に手渡した。

「はーい! それじゃ一回だけ回してね!」

と言われ、
あたしは抽選機を一回回すと、銀色の玉が出て来た。

「お! 銀色!! 二等賞!!!!」

おめでとうーー!!
という声と共に、カランカランと大きな鐘の音が響き渡った。

「え、えぇーー」

普段それほどくじ運が良くないだけに、あたしはたじろいだ。

「二等賞は湯の中温泉の宿泊券!! ご家族で行ってね!!」

そう言って、さっきの法被を着たおじさんは、
あたしに温泉旅行の宿泊券が入った封筒を手渡した。

「当たっちゃったぁ……」

あたしは手の中の封筒を見つめながら帰りのバスに乗った。
封筒を開け、湯の中温泉の宿泊券を見ながら、
あたしの心は当選の喜びとは裏腹にざわざわと波風が立っていた。

なぜなら湯の中温泉は梓山の隣町だったからだ。

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