第52話 透子と橙子

文字数 1,532文字

「川島橙子! ぷりずむ苑の職員室のファイルで見た!」

あたしは思わず声を上げると

「川島橙子は過去にあの児童養護施設で保護されていた」

とマシロは言った。

「どういう事? 彼女は今どこにいるの?」

あたしは聞いた。

「元々は橙子も戸籍のない子供でぷりずむ苑に収容されていた。
それが後にどういう経緯かはわからないが、
被験者として研究施設に送り込まれたんだ。
それで今はどこにいるかわからない」

「そんな……」

あたしは何だか胸が痛んだ。

「俺、特別棟で育てられて友達もいなくてさ、
自分でハンドスコープ……って今のスマホみたいなのに、
時空を超えて人と通信できるシステムを作ったんだ。
いきなり一般人にアクセスすると
研究施設の情報が外部に漏れると思ったから、
まずは同じ研究施設に収容されてる別時代の連中に
いたずら半分で片っ端からスマホやその後続のモバイルに
文字メッセージを送ってた。
ほとんどは気味悪がられたり
ウィルスと勘違いされて無視されてたんだけど、
一人だけ反応した奴がいたんだ……」

「それが川島橙子さん……?」

あたしが聞くとマシロは黙って頷いた。

「その頃の橙子はぷりずむ苑からこの時代(2021年)の研究施設に
すでに移送されていた。
最初は文字だけのやりとりだったんだけど、
そのうちテレビ通話するようになって、
仮想空間でも会うようになった。
でもある時、橙子はテレポーテーション実験の
被験者第1号になる事に決まったんだ」

「その実験ってもしかして
あたしのテレポーテーションと関係してるのか?」

「おそらく。
ただ、川島橙子の実験は入れ替わりとかは無く、
単独で別のどこかに瞬間移動するだけの実験だった」

「実験って危険を伴うものだったのか?」

あたしは聞いた。

「あぁ、まず空間移動の途中は生死の境を彷徨う事になるのと、
テレポートに失敗すれば橙子は元の形で再構築されなかったり、
ともすると消えてしまう可能性もあった。
橙子が危険な実験用モルモットにされるのを
何としても阻止したかった俺は
実験が行われそうな時期より少し前の時期にテレポートして
川島橙子を探そうと思ったんだが探し出せなかった」

「それじゃ、もしかしてお前が来たタイミングってのは……」

漂が聞いた。

「そう、大河がスノーボードで滑落した日だ」

と大河は言った。

「なるほどな。
で、透子はなんで関係してるんだよ?」

漂が続けて聞いた。

「テレポートさせる時は、その人物を構成する素粒子の情報を
数式でデータ化して装置に入力するんだ。
そして世の中には同じ数式を持つ人間が数人いるとされている。
よく、自分に似た人間が世の中に三人いるって言われてるだろ?」

「確かに橙子さんの写真はあたしにそっくりだった……」

「おそらく、橙子と透子は同じ数式を持つ者同士だったんだろう。
素粒子レベルに分解されてテレポートをする時は
時間も場所も関係ない所に一旦溶け込む。
俺が思うに透子の素粒子を構成する数式が橙子と同じだった事、
そしてちょうど実験時の橙子と、
地すべりに巻き込まれた当時の透子が同じ年齢だった事なんかが作用して
二人の情報がないまぜになってしまったんじゃないかと」

「お前が大河にそっくりなのも数式が同じって事なのか?」

「あぁ、俺は誰かになりすます為
2021年に生きている俺の数式と同じやつを探して、大河を見つけた。
2021年の1月の滑落事故、
すなわち彼が生死の境を彷徨うタイミングを狙ってここ(2021年)に来た」

「それで大河は今どうなってんだ!?」

漂が声を上げた。

「俺と入れ替わって2056年の世界にいる。
未来のテレポートシステムは正確だから心配しなくていい。
それと向こうで信頼の出来る人間に
面倒を見てもらえるよう頼んだから大丈夫だ」

「はぁーーーー」

漂はため息をついて前髪をぐしゃぐしゃとかき乱し俯いた。

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