第62話 なんだ今のは!?

文字数 1,543文字

温泉から上がると、あたしとマシロと漂は温泉街を少し散策した。

翠さんは運転で疲れてしまったようで

「三人で行っとき」

と部屋のベッドに横たわって言った。

三人はお宿でレンタルした浴衣を着て、石畳の温泉街を歩いた。
カランコロンという下駄の音が辺りに響く。

「馬子にも衣装だな」

あたしの浴衣姿を見て笑いながらマシロは言った。

あたしは漂の方に目を向けると、
漂はハッと慌てた様子であたしから目をそらした。

温泉街の真ん中には川が流れていた。
さっき露天風呂から見えた川だ。

「下に降りてみよう」

マシロが言い、三人は転ばないように注意深く土手を降りた。

「めっちゃ水透明!!」

漂が言い

「ほんと、きれい」

とあたしもしゃがんで水に手を浸した。

「透明の透子……」

マシロが呟いた。

「あ、それ小学生の頃よく言われた。
存在消されて『スケルトン』とかあだ名つけられた」

あたしはハハと小さく笑って言った。

「そうじゃないよ。
俺は透明感の透子って意味で言った。
お前色白いしさ」

マシロは何の忖度もないと言った顔つきで言った。

「それだけじゃないよ。
一点の汚れも曇りもないクリアーな透子だ。
スケルトンなんかじゃない。十分存在感あるよ」

漂は真面目な顔をして言った。

「え……?」

二人の思いがけない言葉に、
と言うか男の子にそんな事言われたの初めてで、
どう反応していいかわからなくなった。

宿に戻り、一休みした翠さんと合流すると、
あたしたちは食事処に向かった。

この宿は国の文化財にもなっている木造四階建ての宿で、
ある国民的アニメのモデルにもなった宿らしい。

もっともあたしは知らない作品だが、
女の子が異世界に飛んで銭湯で働かされる話だと、
漂と翠さんに教えてもらった。

細かい木工細工が随所に施された廊下は、
一歩踏みしめる度に床がギュッギュッと音を立てて、
この建物の歴史を感じさせる。

食事は地元特産のブランド牛のしゃぶしゃぶと、
松茸の土瓶蒸し、天ぷらにお刺身、高野豆腐の煮物に、
鴨肉のスモークと食べきれないくらいの量だ。

「こんなご馳走食べるの初めて……」

あたしはどこから箸をつけていいか戸惑った。

四人は大満足で食事を終え、
部屋に戻ろうとまた来た廊下を歩いた。

「はー! お腹いっぱい!!」

あたしが言うと

「あ、俺、売店でコーラ買ってから戻るわ!」

とマシロが言い、

「それじゃ先に戻っとくわ」

と翠さんはスタスタと先に歩き出した。

あたしもその後を付いて行こうとした時、
ぐいと後ろから漂に腕を掴まれた。

「何?」

あたしが少し驚いて振り向くと漂は

「少し二人で庭に出ないか? 話したいことがあるんだ」

と真顔で言った。

「う、うん」

何だろう?
今日の漂はいつになくシリアスだ……。

あたしと漂はそっとその場を離れ、庭に出た。
宿の建物がライトアップされて、幻想的に光っている。

「何? 話って」

ライトアップされた建物の光が水面にゆらゆらと揺らめく
庭の池のほとりであたしたちは向き合った。

「お前さ、梓山で家族に会えたら東京には戻らないのか?」

漂は変わらず真面目な顔をしている。

「うん、さっき翠さんにも聞かれた。
でも正直まだどうしたらいいかわからない」

漂はしばらく足元を見つめると、
ゆっくりと顔をあげてこちらを見た。

「俺、正直お前に梓山に帰って欲しくない」

「え?」

いつもの漂らしくない言葉にあたしは戸惑った。

「俺…… わかんねーけど、
とにかく、お前と離れたくないんだ!!」

顔を真っ赤にしながら漂は言った。

「えっと…… あたしは……」

返事に困っていると

「おーい! そんな所で何やってんだ!?」

と建物の窓から叫ぶマシロが見えた。

「何でもねーー!!」

漂はそれに応える様に叫び

「そういう事だから!!」

とその場を走り去った。

何だ!? 今のは……!!

思いもよらない告白に、しばらく身動きができなかった。

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