第69話 一茶の居場所

文字数 1,874文字

「それじゃ、透子さん出発しますよ!」

コータローは肩の上あたりからシートベルトの金具を引っ張って装着し、
トラックはドライブインの駐車場を出た。

「ここから大阪までどのくらいかかんだ?」

あたしが言うと

「スムーズに行けば5時間くらいですかね」

とハンドルを握りながらコータローは言った。
するとあたしの左隣に座っていたマシロが肘であたしをつついた。

「何?」

「おっさんが女子高生に敬語使ってる図って
かなりヤバイ感じなんだけど」

マシロはあたしに耳打ちした。

あたしからしたらコータローは
後輩だから気にも止めていなかったけど、
マシロからするとあたしとコータローのやりとりは
相当奇妙に映るようだ。

「なぁ、コータローは家族はいるのか?」

「はい、西梓山に自宅があって
嫁と今年二十歳になる娘と高校生の息子がいます。
後ろに写真貼ってます」

座席シートの後ろには短いカーテンがかかっていて、
少しめくると仮眠できるスペースがあり、
壁には家族写真が貼ってあった。

「コータローにしては真面目そうな家族じゃん」

あたしがニヤニヤして言うと

「はぁ、嫁には感謝です……」

とコータローは照れ笑いした。

変な感じだな。
ワンコみたいにあたしの後をくっついていたコータローが、
一家のお父さんになっている現実。

でも、って事は……。
一茶ももう結婚して家族がいるのだろうか、
いてもおかしくはないよな……。

胸がチクッと痛んだ。

「で…… 一茶は今大阪で何してんだ?」

聞きたいような聞きたくないような、そんな心持ちで問いかけた。

「実は最近の事は俺もそこまで詳しくないんす。
大阪で修行時代から働いていた店から独立して
居酒屋をオープンしたって事は15年くらい前に人づてに聞いたんすけど、
ネットで検索したらまだその店あるんで、そこにいるとは思うんすけど」

「店の名前なんて言うんだ?」

「確か『手羽一』だったかな?」

あたしはスマホで「手羽一」を検索した。

そこは手羽先を中心とした鳥料理が売りの店のようだった。
写真で見る限りではこじんまりとした店だが清潔感があり、
壁に掛かっている木の札には手書きの筆文字で
メニューが書かれていて、硬派な雰囲気が伺える。

あたしはそれ以上の情報は見る勇気がなく、
スマホをコートのポケットにしまった。

コータローの言った通り5時間ほど走ると
トラックは大阪北部の市に入った。

「翠さんからもらった住所、この辺りになりますね」

国道を走っていると、住宅地の向こうにライトアップされた観覧車が見えた。
あれが大阪パークなのか?
パークを少し過ぎた辺りでトラックは国道から一本道を折れ曲がると、
プシューッと音を立てて停まった。

「さーせん。 道が細くてこれ以上中に入れないっす。
おそらくこの路地を入って行った住宅地のどこかだと思いますんで、
あとは歩いて探してもらってもいいっすか?」

コータローはそう言って翠さんのメモの写真を撮り、
メモの方をあたしに手渡した。

「俺は各地を回って明々後日(しあさって)にまたここを通ります。
その時にピックアップするんで、連絡しますね」

「わかった。ありがとう」

あたしとマシロはトラックを降り、
コータローはプアン!とクラクションを一つ鳴らして、
走り去って行った。

「恵比須町……」

メモとスマホのナビを頼りに路地に入って行くと、
同じような形の家が何軒か横並びになった住宅が目に入り、
その中の一軒の表札に「高槻」と書かれていた。

「ここじゃね?」

マシロが言い、緊張しながらチャイムを鳴らしてみると、

「はーい!」

と中から声がした。
ドタドタと人の気配がし、玄関の灯りが点くと、
ガチャとドアが開いて年配の女性が顔を出した。

「あらあらあんたら! よう来たね!!」

話し方が翠さんとそっくりなおばちゃんだった。

「すみません、突然。
翠さんにはお世話になってます。
僕は目黒大河、こちらは従兄妹の片瀬透子です」

ここでは従兄妹設定で行くのか。
あたしは話を合わせるため、
従兄妹モードにスイッチを切り替えた。

「詳しい事は知らんけど、人を探しとるんか?
まぁ、今日はもう遅いし、ゆっくりしぃ。
あ、あんたらご飯食べたか?」

翠さんを少しふっくらさせた感じのおばちゃんは、
人の良さそうな顔で言った。

「いえ、途中で食べて来たので大丈夫です」

あたしが言うと、

「そうか。でも疲れたやろ。
すぐお風呂入れたるからな」

とおばちゃんは休む間も無くちゃっちゃとお風呂場に向かった。

「あぁ! あたしやりますよ!!」

おばちゃんの背中に声をかけたが

「ええよええよ! 座ってて!」

と家の奥の方から声がした。

「ほんと、翠さんぽいなぁ……」

あたしとマシロは苦笑して顔を見合わせた。

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