第38話 葵さんの秘密

文字数 1,173文字

無事にバザーは終了した。

片付けで鉄板やお鍋を建物の中に運んでいると、
すれ違いざまに藤巻さんが

「施設運営も予算的に厳しいものがあるから
こうやって時々イベントをやってるのよ。
今日は助かったわ」

と眉を下げて言った。

すると突然建物の外からガシャーンと音がして
子供達の「大丈夫!?」という声が辺りに響いた。

「え? 何!?」

あたしと漂と藤巻さんは顔を見合わせ急いで外に出ると、
テントの下で葵さんが倒れていて意識朦朧となっていた。

「葵さん!!」

漂は葵さんの横に膝をついた。
藤巻さんも葵さんの横に座り、慎重に脈を見たり呼吸を確認して、

「とりあえず救急車を呼びましょう」

と言った。

葵さんは真っ青な顔で横たわり、
あたしは藤巻さんに指示され建物の中から
クッションとブランケットを持ち出した。
藤巻さんはそのクッションを葵さんの頭の下に敷いて、
ブランケットをかけ、10分ほどすると救急車が到着した。

救急隊員の話を聞いていると、
葵さんは近くの総合病院に搬送される事になったようだ。

「葵さんどうしたの?」
「死んじゃうの?」

小さな子供達は動揺し、泣き出す子もいたが、
藤巻さんが「大丈夫よ」とその子達を落ち着かせ、
ひとまず大きい子に留守番をお願いし、
藤巻さんは一緒に救急車に乗り込んで病院に向かった。

あたしと漂も子供たちと共にぷりずむ苑に残り、
後片付けを手伝った後、

「俺も病院行くわ!!」

と漂が言ったので、あたしも同行した。

総合病院の病室では
藤巻さんが葵さんのベッドの横の椅子に座っていた。
葵さんはまだ目を閉じたままだ。

「葵さんの容体は!?」

漂が聞いた。

「えぇ、命に関わる様な事はないから大丈夫よ。ただ……」

藤巻さんは言葉を選ぶ様にこう続けた。

「葵さんのお腹の中には赤ちゃんがいるわ。
そして体は痣だらけだったの……」

眉間に皺を刻み目を固く閉じて藤巻さんは言った。

「え……」

漂は言葉を失ったように、
藤巻さんを見つめたまま呆然と立ち尽くした。

「葵さんて結婚してないですよね?」

あたしが聞くと

「えぇ、でもお付き合いしている人がいるって聞いているわ」

と藤巻さんが言った。

漂…… 今、どんな気持ちだろう……。

あたしは漂の顔をちらっと見上げると、
その表情から心の内は読み取れなかった。
しかし両手にはぐっと拳が握られていた。

「藤巻さん……」

ベッドから葵さんの声がした。

「葵さん! 気が付いた!?」

あたしたち三人は葵さんに注目した。

「私…… 赤ちゃんは死なせたくない……」

そう言って葵さんの目から涙があふれ出た。

「何があったの? 話して」

藤巻さんはそっと葵さんの手を握った。

「もう、限界です。私……。
あの人と別れたい。でも別れられない。怖い……」

葵さんの目から次から次へと涙がこぼれた。

「あなたたちは席を外してね」

藤巻さんにそう促され、あたしたちは病室を出た。
帰り道、漂は一言も喋る事はなかった。

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