第5話 親も幸せになる権利はある

文字数 747文字


次の日、あたしは一言も母さんと口を聞かずに家を出た。
雨は少し弱まっていたが、まだ降り続いていた。
学校では授業に出る気が起こらず、真っ先に裏山の倉庫に向かった。

「今日もマルボロの匂い……」

あたしは倉庫に駆け寄り、ドアを開けた。

「おう、透子か」

いつものように窓枠に座って一茶はタバコを燻らせていた。

「一茶……」

何故だかわからないけど、ポロポロと涙が溢れた。

「何だ何だいきなり!
何があったんだ!?」

一茶は慌てて窓から降りて、あたしの元に近づいた。

「母さんが再婚するって……」

泣きながらあたしは言った。

「そっか……」

一茶はそう言ったきり何も言わなかった。

しばらく二人は黙ってビールケースのテーブルを挟んで座り、
雨の音が倉庫のトタン屋根にボツボツと音を立てた。

「親にも人生ってあんだよな。
幸せになる権利があるっつーか」

一茶が静かに口を開いた。

「それはわかってんだけどさ」

泣きはらした目であたしは答えた。

「寂しいのか?」

一茶はあたしの顔を覗き込むように言った。

「寂しくなんかねーよ!」

思わずムキになって声が大きくなった。

「まったく、お前はいくつんなっても……」

一茶はやれやれと言った風に笑った。
またボツボツと言う雨音が二人を包んだ。

「どうしても……」

体育座りで山なりになった膝の上に手を組み、
どこか遠くを見るように一茶が口を開いた。

「どうしても寂しくてしょうがなかったら、
高校卒業したら透子も大阪に来いよ」

と言った。

「え?」

「俺も自分の店出すんだったら従業員雇わないとな」

そう言って、あたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
またよくわからない涙がポロポロと流れた。

「透子はすぐ泣くー」

と一茶は言い、
またぐしゃぐしゃのハンカチをポケットから取り出した。

「うるせー!」

あたしはそのぐしゃぐしゃのハンカチで涙を拭いた。

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