第2話 倉庫にて

文字数 1,288文字

あたしは一茶を追いかけてこの梓山(あずさやま)高校を受けた。
受けたと言っても、名前を書けば入れる学校なんだけれども。

あたしは黙って窓枠に腰掛けタバコをふかす一茶の横に立ち、
窓枠に寄りかかった。
ラジカセからは音楽が流れている。

「これって尾崎豊(おざきゆたか)?」

「そう」

「すごい良いね! またダビングしてよ!
こないだのレベッカもすごい良かった!」

あたしが言うと、一茶は

「わかったよ」

と微笑んだ。

するとドアの外からバタバタと足音がし、
あたしと一茶は思わず身構えた。

ガチャ!と、無遠慮に倉庫のドアが開くと

「 あ! 良かったいた!」

と、缶ジュースを抱えた黄太郎(こうたろう)が言った。

「コータローかよ。 ってか入って来る時は気ぃつけろ!
俺たちがいない時だってある」

一茶はたしなめるように黄太郎に言った。

「さーせん、気をつけます」

肩をすくめ、コータローは言った。

「ってかあんた、まだ中学生じゃん。
しょっちゅうここに来てるけどさ」

あたしが言うと、

中学(あすこ)は、居心地悪いんすよ。
ここに来れば一茶さんも透子さんもいるし!
あ、ジュースどれがいいすか?」

コータローはそう言ってメッツの缶を差し出した。

コータローは中学で後輩だったが、あたしが高校に上がった今、
こうやって高校の裏山に潜り込んでは時々倉庫(ここ)に顔を出している。

「お前っぽいチョイスだな。 透子、先選べ」

一茶がそう言ったので、あたしはメタリックグリーンの
グレープフルーツの缶を手に取った。

一茶はガラナ、コータローはグレープを手にし、
プルタブを引いて一口飲んだ。

「甘ぇーーなこれ」

一茶はそう言って顔をしかめた。

「コータロー、高校どうすんだ?」

一茶は窓から降り、ビールケースにベニヤを置いた簡易テーブルに
缶を置いて、聞いた。

「もちろん、この梓山高校にしますよ!
ここなら勉強しなくても入れそうだし!」

「一言多いんだよ!」

あたしが睨むと

「さーせん」

と、コータローはまた肩をすくめた。

「そう言えば、この学校、来年から理事長が変わって
洸星(こうせい)学園付属って冠がつくってさ。
で、東京にある洸星学園の高校と姉妹校になるらしいぞ」

一茶が言った。

「え? そうなんすか!?」

コータローは慌てたように言い、

「そしたら受験も難しくなるんすかねーー」

と心配そうな表情で続けた。

「透子、ラッキーだな」

と、一茶は言った。

「名前だけ書けば入れる高校が、
もしかしたら名門校に化けるかもしれないぞ。
まぁ、俺は今年で卒業だからカンケーねーけど」

そう言ってまた新しいタバコに火をつけた。

「そんなすぐ変わんないっしょ。
そう言えば、一茶は高校卒業後どうすんだよ」

あたしが聞くと

「俺、大阪に行って料理の修行しようと思ってんだ」

と言った。

「え……?」

窓の外の木がザワザワと音を立てるのと同時に、
あたしの心もザワザワとなった。

「いつまでもこうやってうだうだしてらんねーからな。
俺もこの先の人生、生きてかなきゃなんねーし」

窓の外の遠くを見るような目で一茶は言った。

「そうか……」

一茶はもうすぐこの土地を出る。

あたし達はいつまでもこのままでいられる訳じゃないんだ……。

急に襲ってきた現実に、
あたしはただ黙って缶ジュースを飲むことしかできなかった。

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