第74話 教会

文字数 1,098文字

ウイスキー工場のある駅に着くと、
あたし達はどちらからともなく手を離し、
何事もなかったかのように電車を降りた。

駅前はタクシー乗り場があるだけの殺風景な所で、

「ここからウイスキー工場は歩いて10分くらいか」

とマシロはスマホのナビを見ながら言った。

坂道をはぁはぁと息を切らしながら山の中腹まで登ると、
ウイスキー工場の入り口があり、
そのさらに上の方には教会の十字架が見えた。

「あそこまで上がってみよう」

マシロが教会を指差した。

ウイスキー工場の外側を周り、急勾配の坂をさらに登る。
坂道の周りは雑木林になっていて、
落ち葉を踏みしめる音しか聞こえない。

「きっついなぁーー、工場広すぎるし!!」

脇腹を押さえながらあたしは言った。

15分ほど雑木林の坂道を登り、
教会に辿り着くとあたしもマシロも疲労困憊で
太ももに手を当て下を向き、ゼイゼイと乱れた呼吸を整えた。

「何の変哲もない素朴な教会だけど……」

あたしは築数十年くらいのこじんまりとした建物を見上げて言った。

「確かに……」

マシロも同じく建物を見上げて言った。

「誰かいるのかな?」

ひっそりとした建物を取り囲む鉄柵を掴み、
中の様子を伺うと裏庭があるように見えた。

「裏庭がある」

あたしが言うと

「そっちに回ってみよう」

とマシロは言った。

裏庭に回ってみると、手入れされた芝生が植えられていて、
スコップや芝刈り機などが置いてあり、
ここには普段人がいるような気配があった。

するとガラッと掃き出し窓が開く音がした。

「やばっ」

あたしとマシロは庭の南天の木の陰に身を潜めた。

そして建物の中から一人の子供が出て来たが、
その顔を見てあたしは思わず息を飲んだ。

「紫苑!」

紫苑は庭に出てサッカーボールでリフティングの練習をしている。
でも何でここに……?

「知り合いか?」

マシロが聞き

「ぷりずむ苑で漂と一緒に空手の稽古していた子。
別の施設に移ったって聞いていたけど、こんな所に……」

「話しかけてみようか?」

マシロが言い、あたしたちは木の陰から出て、
「紫苑!」とその少年に声をかけた。
少年は声に気がついてこちらを見たが、
「何だろう?」と言った感じできょとんとしている。

「あたしだよ! 透子!! わからないかな!?」

声をひそめて呼びかけるも
相変わらず怪訝な表情でこちらを見ている。

「紫苑! 紫苑だよね!?」

なおも呼びかけ続けているとその少年は口を開いた。

「紫苑じゃないです。 俺はルリオです」

と言った。

「え!?」

あたしとマシロが驚いていると

「ルリオ、誰と喋ってるの?」

と中から女性の声が聞こえ、誰か出て来た。
そしてその姿にあたしはさらに衝撃が走った。

それはぷりずむ苑から突如姿を消した藤巻さんだった。

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