第49話 紫苑

文字数 1,033文字

土曜日のぷりずむ苑での空手の稽古が復活した。

「透子ーー 久しぶり!!」

紫苑は一段と嬉しそうな顔であたしに駆け寄った。

「漂ちゃんと透子が来ない間、
俺、教わった事ノートにまとめたんだ」

と紫苑はノートを取り出すと、ページの間から一枚の写真が落ちた。

「あ……」

と紫苑が言い、あたしがそれを拾うと、
そこには一人の女性とまだ幼い紫苑が写っていた。

「これ、俺の母ちゃん。
なんとなく透子に似てるなーって思って見せたくて」

その女性はアジア系の若い女性だった。
正直似てはいなかったが、
紫苑からしたら若い女性はみな母親っぽく見えるのかもしれない。

「俺の母ちゃん外国人なんだ。
母ちゃんだけ国に返されちゃって。
俺はいろいろ手続きがややこしくて一緒に行けねぇんだ」

写真を見つめながら紫苑は言った。

「そうなんだ。
でも手続きが出来たらお母さんの所に行けるんだろ?」

「うん、でも早くしないと俺の子供時代が終わっちゃう」

そう言って紫苑は爪を噛んだ。

「大丈夫だよ。
藤巻さんもきっと手を尽くしてくれるって」

あたしが肩を抱いて励ますと紫苑は

「うん!」

と嬉しそうに笑った。

「さぁ、稽古始めるぞーー!!」

と元気を取り戻した漂が号令をかけると、
紫苑と子供達はいつもにも増して稽古に励んだ。

そして稽古が終わり、
恒例のおやつタイムが始まる時間になったが、
藤巻さんの姿が見当たらなかった。

「藤巻さーん」

あたしはダイニングの奥のキッチンを覗いたが姿はなかった。

「職員室かな?」

廊下に出て突き当たりの部屋をノックし、
ドアノブを回すとドアが開いた。

「藤巻さーん? 入りますよーー」

そろそろと数歩部屋の中に入り、
四つほど事務用のデスクが並べられた部屋を見回したが
藤巻さんの姿はなかった。

一番大きな藤巻さんのデスクには、
施設収容者の名簿が開いたまま置いてあった。

「あ、紫苑だ」

そこには紫苑の顔写真とプロフィールがファイリングされていた。

『父親不明。
母親は外国人で不法滞在のため自国に強制送還。
紫苑の出生届は無し。
8歳時に福岡の施設から移送』

あの子はもう3年もここで暮らしているのか……。
それにしても九州で保護されて東京に来たとは……。

よく見るとその名簿には一枚付箋が貼られているページがあり、
あたしは気になってその付箋のページを開くと、
そこにあったプロフィール写真に雷に打たれたような衝撃が走った。

「こ、この子は……?」

その写真の顔はあたしと見間違えるほど瓜二つだった。
そしてプロフィールの名前欄には「川島橙子(かわしまとうこ)」と記載されていた。

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