第83話 溢れる想い

文字数 1,067文字

その夜、お風呂から上がり、
リビングに出ると漂がソファで寝落ちしていた。

「風邪ひくぞ」

あたしは近くにあったブランケットを漂に掛け、
小上がりの畳部屋に戻ろうとすると、突然腕を掴まれた。

「起きてたんだ?」

少し驚いてあたしが言うと

「うん」

と漂は横になって腕を掴んだままこちらを見て言った。

「どうした?」

あたしは聞いた。

「なぁ、お前、やっぱり元の世界に戻りたいか?」

「そりゃ…… その為に今奔走してるんだし……」

気詰まりな空気があたりに立ち込める。

すると漂は軽くため息をついて

「そうか、透子が元の世界に戻りたいのはわかった。
わかったけど……」

漂はそう言いかけて思いつめたような目であたしを見つめた。

「けど……?」

あたしは聞いた。

「うん、帰るまでの間、俺のそばにいてくれないか?」

漂はまだあたしの腕を掴んでいる。

「そばって今だってそばにいるじゃん」

あたしが言うと

「それはそうなんだけど……」

と漂は口ごもったが、すうっと一呼吸置いてこう言った。

「マシロ…… あいつの事は悪い奴だとは思ってない。
でも透子、マシロのそばに居ないでくれ」

顔を真っ赤にして漂は言った。

「え……?」

あたしは返す言葉が見つからず、そこに立ち尽くした。

「空手部のマネージャーに欠員が出て募集してんだ。
科学部はどうせ名前だけなんだろ?
透子ならぷりずむ苑で稽古もしてるしさ」

漂はまっすぐな瞳でこちらを見ながら言った。

「透子の事、少しの間でもそばに置いておきたいんだ」

漂がそう続けると、ミシッと階段から音がし、
あたしと漂はハッと音の方を見ると、
そこにバスタオルを小脇に抱えたマシロが立っていた。

あたしと漂は「うわ!」と声をあげ、
漂は手を離し、あたしも一歩後ろに下がった。

「お邪魔虫通過ーーって、お邪魔虫って死語だよな!」

「はは」とマシロは笑ってバスルームの方に歩いて行った。

あちゃーーと、あたしは頭を押さえた。

「完全に見られたな」

あたしが言い

「あーー!!」

と漂は体を起こし頭をかいた。

あたしはもう一度漂に向き直り、ゆっくりと諭すように話し始めた。

「漂、あんたの気持ちは嬉しい。
でもな、あたしはあたしのために手を尽くしてくれてるマシロを
無下にするような事はしたくない。
それにあたしはこれまで通り漂とマシロと三人で楽しくやりたい。
だから空手部のマネージャーは出来ない」

あたしは自分の今の気持ちを正直に話した。

漂はすっと目線を落としてしばらく黙ったが

「わかった」

と一言だけ言ってソファから立ち上がり、

「それじゃ、お前が帰るまで仲良くやろうぜ」

とあたしの頭をポンと叩いて階段を上がって行った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み