最終話 あの頃の未来に立つ私

文字数 1,342文字

一茶が卒業した次の年度から、梓山高校は理事長が変わった。

「東郷銀次郎」

職員室前の廊下に張り出された学校の会報に
まだ若い理事長の写真を見つけ、あたしは微笑んだ。

私はその後も真面目に勉強し、
小紅や新しく入って来たコータローにも勉強を教えた。
理事長が新しくなってからは、学校の体制も変わり、
暴れる生徒は徐々に少なくなっていった。

そして二年後、あたしは東京の大学に合格し、
卒業後は福祉や教育関連の仕事に就いた。

2021年の世界で見たどこか心に隙間風を吹かせていた人達。
そういう人々が暖かい子供時代を過ごせたら、
明るい未来に近づいていくんじゃないかって気がして、
私は私の仕事に尽力した。

そして職場で知り合った7歳年上の人と結婚し、
二人の子供にも恵まれた。

子供が手を離れてからは、児童養護施設で働き、
子供も独立して夫が他界した後、私は施設長に就任した。

69歳になった今、児童養護施設「(いろどり)の家」で
10人ほどの子供達の面倒を見ながら共に生活している。

「透子先生!」

職員の藍田さんが私を呼ぶ声がした。

「どうしたの?」

私は玄関に向かうと

「赤ちゃんが……」

と藍田さんはまだ生まれて間もない赤ん坊を抱いていた。

「玄関の前に置き去りにされてたんです!」

赤ん坊のお(くる)みの中には、白い封筒が入っていた。

私はそれを取り出し、中を開けた。

そこには

真白(マシロ)です。よろしくお願いします」

とだけ書かれていた。

私は「ようやく会えたわね」とフッと微笑み、
藍田さんから赤ちゃんを引き取った。

結局この世は煙みたいなパラレルワールドの集合体で、
どの世界を生きるかは、己の意識や想念によって確定する。

もし、あの地滑りがなかったら、
テレポートした未来でそのまま生活していたら
私はきっと今とは全然違う人生を歩んでいただろう。

別の道はどうだったかはわからないけれど、
自分で選択して作り上げたパラパラ漫画は
どの場面も愛おしい。

私の意識や想念が私をここまで導いた。

「そしてそれを教えてくれたのはあなたよ、ね?」

私は赤ん坊に笑いかけた。

私の腕の中の赤ん坊は、口をむにゃむにゃ言わせながら、
私の顔をじっと見ていた。

あなたとまた引き合わせたのも、それもまた私の想念。
あの時代で共に生きる選択はしなかったけれど。

ただ……

「17歳のあなたに会えるまで、
私生きていられるかしらね?」

私は赤ん坊にそう話しかけ、苦笑した。

でも命のある限り、私は全力であなたを守る。
そして絶対に寂しい思いはさせない。
そう強く決心した時、

「ちわ!」

と今日もこの男がやって来た。

「あぁ、今日は土曜日ね。
漂くん、今週も空手の稽古、よろしくお願いします」

深々と頭を下げてあたしが言うと

「透子先生、かしこまってどうしたんですか!?
息子もここに来るの楽しみにしてるんでむしろ助かってます!」

と35歳になる漂はもうすぐ小学生になる息子の手を引いて言った。

そして

「あ、何!? すっごいちっちゃい赤ちゃん!」

と私の手の中の赤ん坊の顔を覗き込んだ。

「今日ここに来たばかりなのよ。真白って言うの」

あたしが言うと漂は

「真白くんかぁーー。でも何だろう? 
何だかこの子、すごく懐かしい感じがする」

と言い、

「空手、習わせたかったらいつでも承りますんで」

と二ッと笑った。

「ぜひお願いするわ」

私もそう答えて笑った。




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