第39話 シェルター

文字数 1,081文字

それからしばらく、漂は家でもあまり話さなくなった。
葵さんの事は相当ショックだったのだろう。
それでも時々「走って来る」と出かけ、
どうやら病院に行っているようだった。

土曜日の稽古も休みとなったが、
あたしは一人でぷりずむ苑に出かけた。

「透子ーー!! 今日も来たのか!?」

紫苑が嬉しそうな顔で今日も出迎えてくれた。

「うん、稽古はないけど。
あ、スパーリングの相手くらいならできるか!」

そう言ってあたしと紫苑は
基礎練習とスパーリングをこなした。

「透子ちゃん、一人でありがとうね」

藤巻さんは今日もお菓子とジュースを用意してくれた。

「葵さんの容体は……」

「えぇ、もう大丈夫。
全然退院できるくらいなんだけど、私が入院させてるの」

「え? どうして?」

あたしはジュースを飲もうとしたグラスの手を止めた。

「高校生にこんな話するのはどうかと思うけど……」

藤巻さんは少し躊躇ったが

「葵さんはお付き合いしてる彼から暴力を受けていたの。
別れたくても恐怖で支配されていたのね。
その中でお腹に命が宿って…… でもその子は産みたいらしいわ」

「そんな……」

「ごめんなさいね、高校生にはヘビーな話よね」

「いえ……」

大人の世界の話はまだよくわからないが、
葵さんが大変な事態になっている事はわかる。

「漂は……?」

あたしが聞くと

「漂くん、ほとんど毎日病院に顔出してくれてるわ」

と藤巻さんは言った。

「やっぱり……」

「漂くん、葵さんの事が好きなのよね?
漂くんも辛いわね……」

藤巻さんはふぅと小さくため息をついた。

「それで葵さんはどうなるんだ?」

あたしは聞いた。

「このまま退院させたらまた彼氏に
暴力を振るわれる日々になるでしょう。
お腹の子の事も考えたら、
シェルターに入った方がいいって進めたの」

「シェルター?」

「こういうケースは少なくないの。
どうしても女性は子供を抱えていたら経済的に立場は弱いわ。
だからそういう母子を守るための施設があるのよ」

「この時代は何だか優しいな」

あたしは思わず呟いた。

「この時代?」

「あ、いや……」

思わず口が滑っておかしな事を言ってしまったが、
誤魔化す様にジュースを一口飲んだ。

「私のつてで入れそうなシェルターがあるの。
しばらくはそこに身を隠して、
ほとぼりがさめたらご実家にでも戻られるのが良いと思うわ」

「シェルターってどこにあるんですか?」

「それは教えられないの。
どこからどう彼氏に伝わるかわからないでしょう?」

「そっか……」

あたしは納得して頷きながらまたジュースを一口飲んだ。

「でも、それじゃ漂も葵さんには……」

「そうね、会えなくなるわね」

藤巻さんはまた眉を下げて小さなため息をついた。

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