第70話 え!?

文字数 1,317文字

おばちゃんの事は名前が虹子(にじこ)さんと言う事もあり、
「虹子おばちゃん」と呼ぶ事にした。

虹子おばちゃんは朝になるとトーストを焼いてくれて、
「コーヒーと紅茶はどっちがええ?」とか、
「ミルクと砂糖はいるんか?」とか、
翠さん顔負けの世話焼きっぷりだった。

虹子おばちゃんは12年前に旦那さん、
つまり翠さんのお父さんに先立たれ、
それから一人でこの家で暮らしているらしい。

時々翠さんは帰っているようだが、
それでも普段静かなこの家に来客が来るのは、
虹子おばちゃんとしても嬉しいのだろう。

「その知り合い言うんは、どの辺におるん?」

あたしたちは4畳半ほどの居間のコタツを囲み、
虹子おばちゃんはコーヒーを天板に置きながら聞いた。

「守田市……?って所です」

「守田市やったらここから電車一本で行けるわ。
急行やったら15分で着くで」

一茶、わりと近い所にいる。
また心臓がトクトクと音を立てた。

虹子おばちゃんに駅までの行き方を教えてもらい、
朝食を食べ終えたあたしとマシロは早速守田市に向かった。

あたしは漂に借りたハット、
マシロは翠さんに借りたサングラスをかけ
コトコトとうぐいす色の電車に乗ると、
周りから聞こえて来るのは関西弁ばかり。
まぁ当たり前だが。

初めて来る大阪……。
梓山に比べたら東京も大阪も大都会だけど、
大阪は東京と比べると人と人との距離が近い感じがする。

「なぁ、今から訪ねる人って
透子が前に言ってた好きだった人なのか?」

マシロが聞いた。

「え、あ、うん……」

あたしは急に恥ずかしくなり、俯いた。

「どんな人か楽しみだな」

マシロはニヤニヤして言った。

結局急行ではなく各駅停車に20分ほど乗り、
あたしたちは守田市駅に降り立った。
駅前は大型の商業施設などがあり、そこそこ人通りのある感じだが、
全体的にはファミリー向けのベッドタウンと言った
落ち着いた雰囲気の街だった。

「こっちかな」

マシロがスマホのナビを見ながら言った。
駅から離れるにつれて、住宅地っぽさが増していく。
あたしは心臓のバクバク音が激しくなった。

一茶に会える気持ちの高ぶりと、
一茶があたしを見てどんな顔をするのかという怖さ。

変わってしまっただろうか?
それともあの時のまま、優しい一茶でいてくれるだろうか?

無言で歩いていると

「大丈夫か?」

とマシロが声をかけ、

「まぁ、緊張するわな」

と言葉を続けた。

駅から3分ほど歩いた所に、居酒屋「手羽一」はあった。
障子のような格子状の白いガラスがはめ込まれた引き戸の、
いかにも居酒屋っぽい店構え。

「営業時間じゃないのかな?」

暖簾が仕舞われていて、
引き戸には「支度中」と札が下がっていた。
時計を見ると間もなく午前11時になる所だった。

するとガラッと引き戸が開き、

「すいません、今、開けますねーー」

と一人の中年女性がメニューの書かれた黒板を手に出て来た。

「11時からランチタイムなんで、お客さん一番乗りや。
今なら空いてるさかい、ゆっくりできるわ」

と女性は笑顔で言った。

「あ、はぁ」

とあたしはマシロの顔を見ると
マシロはその女性の顔を見て驚いたように目を見開いていた。

あたしは「何だろう?」と
もう一度女性の顔を見て「はっ」と気がついた。

年を重ねてはいるが、これは……

おそらく橙子さんだ……。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み