第32話 レモンとライム

文字数 1,260文字

土曜日、学校は休みだったが朝から翠さんに
レモンとライムの散歩をお願いされ、隅田川の遊歩道を歩いた。
散歩と言っても二匹の犬を
乳母車の様なカートに乗せて移動しているだけで、犬は歩かない。

これって散歩って言えるのか!?

ゴロゴロと犬のカートを押しながら歩いていると、
向かいからランニング中の漂がやってきた。

「おう、透子! 散歩か?」

「うん、漂は毎日欠かさず走ってすげーな」

あたしは感心して言った。

「一日サボったら調子取り戻すのに三日かかるからな。
透子、散歩の後は翠さんの店に行くのか?」

「あぁ、お店に寄ってって言われてるから」

「俺もたまには店覗いてみっかなーー」

そう言ってあたしと漂は翠さんの店に立ち寄った。

「ありがとうーー 助かるわぁ」

翠さんはドッグフードの袋を棚に補充しながら礼を言った。

翠さんの店「わんにゃんハウス」は
犬猫用の身の回りのグッズだけでなく、フードも販売していた。

ドッグフードのパッケージにプリントされた犬の写真を
「可愛えぇなぁーー」と言いながら撫でている。
本当に犬が好きなのだな。

「また商品増えたね」

漂が言うと、

「卸業者に勧められるとつい欲しくなってしまうんよ」

と翠さんは肩をすくめて舌を出した。

すると

「おはようございますーー」

と店の入り口からスーツ姿の30代くらいの男性が声をかけた。

「はい? 何でしょう?」

翠さんが応えると

「わたくし、Moogleマップの者です。
今回Moogleマップにお店の写真を掲載するサービスを始めまして、
集客にも繋がりますので、もしよろしければ撮影の日取りを
決めさせていただきたいと思っているのですが……」

男性は丁寧な口調で説明した。

「Moogleマップってお金かかるんとちゃうん?
うちはそんな経費かけられへんわ」

「いえいえ、料金はかかりませんよ」

その男性は手のひらをこちらに向けて、左右に振りながら言った。

その時、

「ウーー」

とカートのレモンとライムが唸り声を上げた。

「レモン、ライム、どうした?」

あたしは思わず二匹に目をやると、

「ワンワンワンワン!!!!」

と二匹は歯をむき出し、鼻の上にしわを寄せ、
ものすごい剣幕でその男性に向かって吠えたてた。

いつもぼーーっとして
ネジがゆるんでしまっているような二匹なのに。

あたしが驚いてその様子を見ていると翠さんは

「うちはそういうの結構です。
すいませんけどお引き取り下さい」

と丁重にお断りをした。

「そうですか、それでは何かありましたらご連絡下さい」

と言ってその男性は立ち去った。

「何? レモンとライム、どうしたの?」

あたしは翠さんに尋ねると

「あの人は良くない人や。
この子らいつもはあんなやけど、
悪い事企んどる人間にはああなるんよ」

そう言ってまた大人しくなったレモンとライムの頭を撫でた。

「そう言やこないだ大河が言ってたけど、
Moogleマップの名を語って、
無料で掲載するとか言いながら、
結局はカメラマン代とか請求する詐欺が横行してるって言ってたな」

と漂が言った。

「あんたら、ほんまええ子たちやなーー」

翠さんはレモンとライムを両手で包み込んだ。

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