第31話 幕引き

文字数 1,725文字

「きゃぁぁぁ!!!!」

校庭から女生徒の悲鳴が響き、
大河は、がばっと起き上がり金網に駆け寄って校庭を見下ろした。
あたしも一瞬目をつぶったが、恐る恐る目を開き校庭に目をやった。

「セーーフ!!」

手で大きな丸を作りこちらに向けている漂が目に入った。
その横には大きなトランポリンの真ん中で
呆然と空を見上げる朱里がいた。

「うわぁ! さすがに焦った!!」

あたしはへなへなとその場にへたりこんだ。

朱里は特に怪我もなく無事だったが、
大河の予想通り教師達に
事の顛末を金田や大河のせいにしようとした。

しかし、金田は「死ね」と言ったわけではなく
朱里が勝手に死ぬと言い行動した事、
大河は警察や教師を呼ぼうとした事をあたしが証言し、
朱里の悲劇のヒロイン劇場は幕引きとなった。

朱里はよっぽどバツが悪かったのか、その後学校に来る事はなく、
そのまま海外留学する事になったと人づてに聞いた。

みんなには父親がパイロットで
母親が元客室乗務員と言っていたらしいが、
それは嘘だった事も判明した。
本当は中流サラリーマン家庭の子だったらしい。

裕福な家庭の子が多いこの学校で、
顔の痣以外インパクトの無い自分が脚光を浴びるには、
そういう方法しか思い浮かばなかったのだろうか?

「ありがとうございました」

後日、金田と紺野は科学部の部室に来て、大河に礼を言った。

「ああやってさ、
心を揺さぶられると焦って混乱しちゃうけど、
人に責任押し付けて同情してもらって、
周りをコントロールしようとするのが、
ああいう連中のやり方なんだよ。
ああいう奴には自分のしでかした事は自分の責任なんだって、
ちゃんとわからせないとダメなんだ」

大河は自分のデスクに座り、
組んだ手を顎の下に置きながら言った。

「これでバトンにも専念できるな?」

あたしが言うと

「うん、今度区のフェスティバルに参加するから見に来てよ」

と金田は少し微笑んだ。
そして金田と紺野は手を繋いで部室を出て行った。

「でもあの朱里って子も
おそらく最初から腐ってた訳じゃなかったんだろうな」

金田たちが出て行ったドアを見つめながら大河は言った。

「え?」

「子供の頃からあの痣の事、
きっといろいろ言われてあのカビだらけの食パンみたいになった。
もし、周りの人間が良い言葉がけをしていたなら、
真っ白い食パンのままでいられただろうに」

「でも女子達は朱里を庇ってる奴もいたけどな」

「どうだかな。
心から寄り添えてる奴はいたのかな?
所謂『ちょっと可哀想な子』に優しくする事で
本当は敬遠したい自分の後ろめたさを
カモフラージュしてただけなんじゃないか?」

「それは……」

あたしは言葉に詰まった。
でも言われてみれば、体育の時間もお弁当の時も
朱里はぽつんとしてたな。

「あからさまな悪口だけが毒とは限らないんだ。
腫れ物に触るような態度や、可哀想という言葉、
一見相手の事を思ってるようで、それはじわじわと相手の心を蝕む」

「だったら大河ももう少し朱里に
優しくしてやっても良かったんじゃないか?
あんな追い詰めるやり方しなくても」

「一度あそこまで自分の事しか見えなくなった奴にとって
優しさはザルに水を入れるようなもんだ。
優しくするのはあいつが真の自分自身の姿を自覚してからだ。
ただ、自覚するには一番見たくない自分をも見る事になる。
それはかなりキツい作業になるだろう。
そして弱い人間であればこそ、一生そこから目をそらして逃げ続ける」

大河、いつもは明るく気さくな雰囲気なのに、
時々こういう厳しい面が出る……。
何だか大河の奥には表面だけではわからない
何かがあるような気がした。

「まぁでも、何はともあれ一件落着……、だな」

そう言って大河は椅子から立ち上がり窓辺に移動して、
ポケットからタバコを取り出した。

「タバコ!!」

あたしが思わず言うと

「たまにしか吸わないけどね。センセには内緒で」

と大河はタバコを咥え、手で覆うようにライターに火をつけた。

窓からの光で逆光になった大河のシルエットは、
窓辺でタバコを吸う一茶の姿と重なった。

「透子も吸う?」

と大河はタバコの箱をこちらに差し出したが

「女はタバコ吸っちゃダメなんだ!」

となぜかあたふたした心持ちでそっぽを向いた。

大河……、真面目なんだか悪いんだか、
やっぱりよくわからない奴だ……。
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