第16話 ルーフバルコニーにて

文字数 1,316文字

あたしはこの世界(2021年)で生活する事になった。

あたしがいなくなった元の世界……。
母さんはあたしを探していたんだ。

あたしがいなくなった後、どんな思いで過ごしたのだろうか?
あたしはヘソを曲げたまま仲直りもせずそのままで……
こんな事になるならちゃんと話し合えばよかった。

あたしはリビングからルーフバルコニーに出た。

目の前には隅田川が流れ、
対岸にはスカイツリーとやらが今日は紫に光っている。
川から吹く風にぶるっとひとつ身震いをした。
秋の夜は冷える。

「なーにしてんの?」

声がする方を振り向くと大河がマグカップを二つ持って
こちらに歩いて来るのが見えた。

「はい、ココア。
女子はココア好きでしょ?って決めつけるのは良くないか……」

と独りごちた。

「ねぇ、何であたしはテレポートしたんだ?
研究してるんなら原因みたいなのもわかんじゃねーの?」

「そうだな…… また難しい話になっちゃうけど」

大河はこめかみあたりを掻いた。

「おそらく何らかの刺激が引き金にはなってるんだと思う。
俺が思うに、地滑りに巻き込まれたのは大きな要因と見てる。
空間移動の時って生死の境を彷徨う感じになるんだけど、
君も生死の境を彷徨ったんじゃないか?」

「あぁ、そうだったかも」

あの夢心地の光に包まれたのは、やはり死にかけていたのか。

「空間移動の時って体と意識が素粒子レベルまで分解されて、
一旦煙みたいな全てがないまぜになった世界に放り込まれる。
そして目的の場所で再構築されるんだ」

「分解? 再構築?」

「そう。 前にも言ったろ? ファックスと同じ要領って。
君の体の細胞をどこまでも細かくしていくと、
最終的には素粒子ってものになる。
体を構成する素粒子の情報を送信先に送ると、
その情報を元に送信元の物質と全く同じものが送信先で再構築される。
でも、ファックスと違うのは送信元の素粒子はバラバラになって消える」

「ちょっと待って! 
それじゃ今ここに存在しているあたしは
一度分解されてバラバラになって消えた後、再構築されたって事!?」

「俺の見解通りならたぶんそう。
今の君は前の君と全く同じ構成で再構築されてるんだけれども、
素材となる素粒子は別物になってるから別人っちゃ別人で、
でも体も意識も同じ構成なら同じ人間でもある」

あ、頭が混乱する……
しかし大河の言う事が本当なら……

あたしはぞっとして両手で両腕を抱いた。

「それじゃあたしは何の目的があってここに来たんだ?
ファックスみたいな事だったら、
誰かが操作してこの事態を引き起こしたって事なのか?」

あたしは質問を変えた。

「その可能性は高い。
ただ、誰かが操作したにしてもそれが誰かはわからない。 
でも俺が思うに君のいた時代はそこまでのテクノロジーはないだろうから、
おそらくこの時代(2021年)の人間の仕業だろう」

「今の時代ならその技術があるって事!?」

あたしは思わず前のめりになって言った。

「いや、この時代でもそんな技術はないよ」

大河は隅田川を見つめながらココアをすすった。

そして

「表向きはね」

と付け足した。

「それってどういう事?」

あたしが聞くと。

「それはこれから解明していく」

と大河は答えた。

そして

「でも解明できる頃には婆ちゃんになっちゃってたらごめんな」

と大河は肩をすくめた。

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