第65話 母さんの思い

文字数 1,002文字

「昔このおじいさんにお世話になった者です。
やっと来れたわぁ」

とっさに翠さんが言った。

「まぁ、父が? それはそれはありがとうございます……」

と少し不思議そうな顔をしながらも、母さんは翠さんに礼を言った。

「そちらはお子さん達?」

母さんは言い

「え、えぇまぁ……」

と翠さんは苦笑いした。

「私もね、その位の娘がいたんですよ。
災害で亡くしたんですけどね」

墓石を見つめながら母さんは言った。

「そうでしたか……」

翠さんは話を合わせた。

「でも、遺体も未だに見つかってなくて。
私はまだどこかで生きているって信じているんですけど」

母さんが言うと付き添っていた男性は
母さんの肩を抱いてさすった。

「そちらは……?」

翠さんが聞くと

「息子です。
籍は入れていないんですけど長年連れ添った人の連れ子で」

「ご結婚されなかったんですか?」

翠さんは言い

「娘が行方不明になる前日に再婚の話をしたんですけど
娘に反対されたんです。
入籍してしまったら娘が二度と戻って来なくなる気がして……。
戸籍上は独身を貫きましたが、
この人の父親とこの人がずっと支えてくれていました」

母さん、あたしがいなくなった後も再婚はしなかったの……!?
心臓がきゅんとなった。

「あぁ、初めてお会いした方なのに、
こんなお話してしまってごめんなさい。
娘に近い年頃の子供さん見てつい饒舌になってしまったわ」

母さんは恥ずかしそうに笑った。

「行こうか……」

あたしは言った。

「いいのか?」

マシロと漂が言ったがあたしは軽く頭を下げて、
その場を立ち去った。

「それじゃ……」

軽く挨拶をして後の三人もあたしの後をついて来た。

駐車場にたどり着いた時、あたしは気が緩んだのか、
一気に感情が胸の内から湧き出て涙が次から次へとこぼれた。

「透子ちゃん、話せえへんで良かったんか?」

追いついた翠さんは心配そうにあたしの顔を覗き込んで言った。
マシロと漂も心配そうにあたしの言葉を待っていた。

「母さん、あたしの事、見捨てても忘れてもいなかった。
そしてあたし…… 再婚に反対してたけど、
優しそうな人に支えられてて良かった」

泣きじゃくりながらあたしは言葉を絞り出した。

「なんかわかんないけど、出て行けなかった。
今は穏やかに暮らしている母さんをこれ以上混乱させたくなかった」

「そうか」

翠さんはあたしを抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いた。

「そうだな、再会果たすなら元の時代で……」

マシロが言った。

漂は黙ってその場に立っていた。

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