第90話 最後の夜

文字数 1,245文字

夕食後のティラミスを食べた後、あたしはバルコニーに出て、
隅田川を見つめていた。

元の時代では、
「これが普通だから」とか「みんなこうだから」で
あたしの周りじゃ自分の生きる道について
深く考える人なんていなかった。

あたしはいわゆる「普通」から逸脱していたけど、
それでも結局つるんでた仲間達と同調して流されていただけ。

「意識や想念が俺らの行き先を決める」

前にマシロが言っていた言葉を思い出した。

あたしが思い描くあたしのパラパラ漫画は……

どういう風になりたいか、どう生きたいか、
結局その答えは自分にしか出せない。

するとガラッと掃き出し窓が開く音がして、
振り向くとマシロが厚手のカーディガンを手に出て来た。

「ほら、これ着ろ。風邪ひくぞ」

「ありがと」

あたしはカーディガンに袖を通し、
また川面に視線を向けた。

マシロはあたしの心を察したかのように聞いた。

「決心ついたか?」

あたしは少し間をおいて「うん」と答えた。

マシロも並んで柵に寄りかかり、川面を見つめた。
スカイツリーは今日は金色に輝いている。

「あたし、元の世界に帰るよ」

あたしが言うと、
マシロはしばらく黙った後「そっか」とだけ答えた。

「ごめんな、マシロ。
確かにあたしがいた元の世界は殺伐として寂しい世界だった。
でもな、それは自分の意識で変えていけるんだろ?
マシロが言ってたパラレルワールドのパラパラ漫画、
自分で作っていけんだろ?」

マシロは黙ってあたしを見つめた。

「マシロ、あんたについて行こうかとも思った。
あんたに寂しい思いをさせたくなかった。
でも、あたしはあたしの課題をクリアしないといけない気がするんだ。
だから未来へはついて行けない。ごめん」

あたしが頭を下げるとマシロはフッと笑い、

「未来へ行く話はちょっと言ってみただけだ。真に受けるな」

と言った。

あたしはマシロの顔をじっと見た。
この顔ももうすぐ見れなくなる。

「マシロ、これだけはわかってくれ!
マシロはもう一人じゃない。あたしも一人じゃない。
そばにはいないかもしれないけど
あたしの心の中にはあんたが生き続ける。
そんなあたしがあんたの心の中で生きる。
だからもう寂しいなんて思うな」

あたしが必死で訴えると、マシロは口をにゅっとへの字に曲げ、

「何力説してんだよ!
って言うか俺はそんなにヤワじゃねぇ!!」

と、今度は両手でむにっとあたしのほっぺたをつまんだ。

その時、ガラッと掃き出し窓が開いて漂が出て来たので、
あたしとマシロは慌てて離れた。

「うわ! さみーー!!」

漂は薄手のダウンを羽織っていたが寒かった様で
両手で両腕をさすっている。

「帰る日は決めたのか?」

腕を組み、寒さをこらえる様に肩を丸めて漂はあたしに言った。
漂は自分の気持ちは後回しでいろいろ協力してくれた。
漂とだって別れるのはやっぱり辛い。

「あぁ、その事だけど……」

あたしが答えようとするとマシロのスマホが鳴った。

マシロはポケットからスマホを取り出し
着信画面を見ると、その表情が険しくなった。

「電話…… 藤巻さんだ!!」

三人はハッとして顔を見合わせた。

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