第42話 漂とバルコニーにて

文字数 1,029文字

それから空手の大会が間近に迫っていた事もあり、
しばらくの間ぷりずむ苑での空手の稽古はお休みになった。
しかしこんな状況にもかかわらず漂は見事大会で優勝を果たした。

「あのメンタルで優勝なんてあんた凄いよ。尊敬する」

ペントハウスのルーフバルコニーで
あたしと漂は並んで柵にもたれかかりながら言った。

「いや、逆に空手に集中する事で余計な事考えずに済んだ」

遠くを見ながら漂は言った。

ふと掃き出し窓を見ると、リビングからレモンとライムが
よちよちとこちらに歩いて来るのが見えた。
あたしは窓に近寄りガラス戸を開け、二匹を抱き上げた。

「この子らがバザーの時吠えたのは結局何だったんだろうな?」

あたしが言うと漂はあたしからライムを引き取り腕に抱いた。

「誤作動だろ? あの場に怪しい奴なんていなかったし。
もしくは葵さんから灰谷の気配を感じたのかも」

「そうなのかな?」

あたしはレモンを目の高さに抱き上げて、顔を覗き込んだ。

「なぁ、悪い人間ってのは居なくならないのかな?
未来は少しは生きやすい世界になってるのかなと思ってたけど、
悪い事を考える人間は後を絶たないんだなって。
弱者を守る制度はあっても悪い奴を生み出さないようなシステムって
出来ないのかな?」

あたしは独り言を言うように漂に言った。

「難しいだろうな。
それは人間の悪しき性でなくならないんじゃないかな?」

「悪い人間の肩を持つ気はさらさら無いんだけどもさ、
でもそいつらだって人間で、
単に関わらないようにすればいいとか、
排除してしまえばいいで済ませてしまうのはどうなんだろう?って」

「まぁそうなんだけどもな……」

そう言って漂は考え込んだ。

「俺は難しいことはわかんないけど、
そう言う奴らって温かさや優しさを受けて来なかった奴らなんだろうな。
そう言うの知ってたら、一時期道を踏み外す事はあっても、
どこかで戻れると思う。
でもそう言うのを知らない奴は渇望するあまり搾取に走るんだろうな。
つくづく思うけど栄養って食事だけじゃなくて、
心の面でも必要なんだと思う。
嬉しい、楽しい、好きって言う栄養がさ」

「それじゃ、みんなが嬉しい、楽しい、好きって言う栄養が満たされれば
悪しき性は薄れていくのかな?」

「まぁ、多少はそうだろうけど、そう簡単な事じゃ無いだろうな」

漂はそう言って空を見上げた。

完璧な世の中なんてないのかもしれない。
でも皆がより生きやすい世界になるには、どうしたら良いのだろう?
あたしにできる事はあるのだろうか?

そんな事が頭の中をかすめた。
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