第６０話　タバコの煙

ひとしきりバーベキューを堪能したあたしとマシロは、

「あーー　もうお腹いっぱい！！」

とお腹をさすった。

「楽しかった！！」

あたしが言うと

「俺らどっちもこの家の住民じゃねーのにな！」

とマシロは苦笑いし、
ジャケットのポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「透子も吸うか？」

と箱を差し出したが

「あぁ、そうか女子は吸っちゃダメなんだっけ？」

と手を引っ込めようとした。

「いや、ちょうだい」

あたしは手を出した。

マシロは一瞬目を丸くしたが、少し笑って再び箱を差し出した。
あたしはタバコを一本取って咥え、
それにマシロがライターで火をつけた。

すぅっと息を吸い込むと途端に
ゲホゲホ！！と咳込む。

「何だよお前、ヤンキーのくせに吸ったことねーのか！？」

マシロは呆れたように言った。

「うるせー」

あたしは涙目になりながら言った。

「って言うかあんたこそタバコなんか吸ってさーー
不良っぽさなんてこれっぽちも出さないのに」

「透子の時代はタバコは不良のアイテムなんだろうけど、
俺的にはタバコは気持ちを落ち着けたい時のアイテムなんだよ」

そう言ってマシロはフーッと煙を吐いた。

「透子は何でグレてたんだ？」

マシロが聞いた。

「うちは親が離婚して母子家庭で学校でもハブられて……」

そう自分で言ってはっとなった。
マシロは親もいなければ学校にも行っていない、
もちろん友達だっていない環境で生きて来たんだ。

「そっか、透子は大変だったんだな」

マシロはまたフーッと煙を吐いた。

マシロ、自分の方が大変な思いをしてきたのに……。
あたしは自分が情けなくなってもう一度タバコを吸った。

でも…… 確かにタバコって何だか落ち着くな。
フーッと煙を吐き、空を見上げた。

「ねぇ、
前にこの世界は煙みたいなパラレルワールドって言ってたけどさ、
その煙の中にはいろんなあたしが存在してるの？」

あたしは話題を変えた。

「うん、煙は無数の並行世界の集合体って感じ？
その中にはいろんなパターンを生きる透子がいる。
だけどいろんな透子がいたとしても、
それを観測している透子の目は一つの世界しか見れないから、
透子は他の透子に会う事はないし別の透子の人生も知り得ないけどね」

「なるほどね」

あたしは言った。

「俺らは煙の中のたまたまスポットライトが当たった場所に生まれて、
この目で見て脳で感じた事が360度全方位の一枚絵として確定する。
その一枚絵の連続がパラパラ漫画みたいに重なって時間になる。
一つの時間の中をみんなが生きているなんて言うのは逆に幻想で、
本当は俺らが見ている、時間のパラパラ漫画は
人それぞれ違うのかもしれない」

「そうなのかな……
でも今見えてる世界があたしだけのものだとしたら、
それはそれでちょっと寂しいっていうか虚しくもある」

「そうだな……」

二人はフーッと煙を吐き、
その煙は漆黒の夜空に滲んで消えた。

「今見ている世界が自分だけのパラパラ漫画なら、
だからこそ見える世界は良いものにしたいよな。
そして自分の意識次第でパラパラ漫画のストーリーは
ある程度作り上げる事ができる」

あたしは黙ってマシロの顔を見つめた。

「パラパラ漫画の中には不幸な事や、やりきれない事も出て来るだろう。
それでも、そこで腐ってしまう方を選択するか、
這い上がってやるって思う方を選択するかで、ストーリーは変わる。
結局ストーリーの進む先は自分の意識が関係してくる」

「選択…… 意識……」

「だから自分のストーリーをどこに進めていくか
常に自分の意識ってものにアンテナ張ってないとな。
子供のうちは周りに従わないとダメな部分もあるけどさ、
俺らはもう自分のパラパラ漫画の行き先を選べる年齢になってきてる。
ぼんやり過ごして大人になってから
自分のパラパラ漫画が納得いかないものになってるのを
誰かや何かのせいにするのはダサいじゃん？」

「確かに」

「時々別の世界を生きる自分を夢見てる奴がいるけどさ、
例え違う世界を生きる自分が存在していたとしても、
そこに夢見てるより今ここにいる自分に集中する事が大事だなって」

「マシロは大人だな。
あたしはまだそこまで考えられないよ」

あたしは口を尖らせて言うと、マシロは少し微笑んだ。

「いや、俺だってダメな所だらけだよ。
でも俺らはまだ10代、これからだよ。
いろんな経験をして自分を深く掘り下げれば、
パラパラ漫画の行き先、選べるようになるんだと思う」

「そうなのかな？」

あたしはまたタバコを一口吸って、フーッと煙を吐いた。