第33話 ぷりずむ苑

文字数 1,303文字

レモンとライムの意外な能力に感心しつつ、
ペントハウスに戻るためエレベーターに乗ると漂が

「お前、午後なんか予定あんのか?」

と聞いた。

「ないよ。友達もいないし」

とあたしが言うと、

「ちょっと付き合わねぇか?」

と漂は言った。

「付き合う?」

「俺、児童養護施設で毎週土曜日に
ボランティアで空手を教えてんだ。
良かったら一緒に来ねえか?」

「漂、そんな事してんだ?
あたし護身術習いたいって前から思ってたんだよね!」

あたしが空手の構えの真似事をすると、

「痴漢の撃退法とかも教えるぜ!」

と言って得意げに笑った。

そして午後、あたしと漂はバスに乗って、
児童養護施設「ぷりずむ苑」に向かった。

何らかの事情で親と暮らせなくなった子が生活する場所。
ここの施設では小学生から高校生まで
10名ほどの子供が暮らしているらしい。

「こんにちは!」

漂が施設の入り口から声をかけると、

「漂ちゃん!」

と道着を着た子供たちが5、6人走って来た。
下は小学校一年生くらいから、上は中一くらいだろうか?
親御さんと離れて暮らしているにも関わらず、
みんな元気で明るい。

「漂くん、今日もよろしくお願いします。
あら、このお嬢さんは?」

40代くらいの落ち着いた雰囲気の女性が
子供達の後ろからやって来て言った。

「従兄妹の透子です。しばらくうちにいる事になって。
あ、こちらぷりずむ苑の施設長の藤巻さん」

漂はその女性をあたしに紹介した。

「よろしくお願いします」

あたしは頭を下げた。

「子供達もこんな可愛らしいお嬢さんと一緒だと
稽古が一層楽しくなるわね」

そう言って藤巻さんは微笑んだ。

子供達とあたしと漂は施設のホールに向かい、
「押忍!」と十字から開いた腕を腰に当てて挨拶すると

「それじゃ正拳中段付きから!」

と漂が号令をかけた。

「スッ! スッ!」

と言いながら拳を交互に前に突き出す。
見よう見まねであたしも拳を突き出した。
子供達は慣れた様子で拳を突き出す。
その中には、一際真剣に稽古をする子供がいた。

11歳くらいだろうか?
キリリと切れ長の目が印象的な男の子。

基本動作が終わると、次は組手の練習もする事になった。

紫苑(しおん)、透子に教えてやって!」

「はい!」

すっと前に出て来たのは先ほどの男の子だった。
子供ではあるが、その場の空気が引き締まるような
「気」が全体から発せられている。

「左手が前に来るのが『正体』、右手が前に来るのが『逆体』」

紫苑の教え方は子供にもかかわらず丁寧だった。

「透子ちゃん、筋がいいかも!」

「え? ほんとか?!」

紫苑に褒められて大人気なく嬉しくなった。

1時間ほどの稽古が終わると、藤巻さんが

「お疲れ様! おやつにしましょう!」

とお菓子の入ったかごと、人数分のお茶やジュースが
並べられたダイニングにあたし達を呼んだ。

ホールからダイニングに移動する間、

「紫苑は戸籍がない子供なんだ」

と漂はあたしに耳打ちした。

「それってどういう事……?」

あたしが聞くと

「事情があって出生届が出されていないんだ。
戸籍のない子は国からしたら存在していない人間とみなされる。
だから学校にも行けないし、保険証も作れない」

「え? そうなの?」

あたしは驚きつつ、
我先にとお菓子に飛びつく紫苑を遠巻きに見た。

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