第34話 葵さん

文字数 950文字

「なんで? 親御さんはどうしてるの? 連絡とれないの?」

あたしは戸籍のない紫苑の生い立ちが気になった。

「父親は誰かわからないまま、
母親は外国人で不法滞在だったらしい。
だから出生届も出されなかったんだ。
母親は今は母国に強制送還されて、
紫苑はどっちの国籍もないからパスポートも作れない。
どこにも行けずに宙ぶらりんになってんだ」

「こんな便利な世の中になってんのに、そんな事があんのかよ!」

「社会の闇だな。
でもこういった問題は透子の時代は表面化してなかっただけで、
昔からあるのかもしれない」

あたしは返す言葉を失った。

すると

「あら! 漂くん、もう稽古は終わったの?」

と大きな洗濯カゴを抱えた若い女性がダイニングに入って来た。

「あ、はい……」

漂は急に緊張した面持ちになった。

「私も時間があれば教えてもらいたいなー。 護身術とか」

その女性は笑って片手でグッと拳を前に突き出した。

「そんな! いつでも教えますよ!!
いつ来れば葵さん空いてますか!?」

いつになく前のめりに漂は言った。

「嘘嘘、冗談よ! 忙しくてそんな暇ないの」

困った様に眉を下げて笑い、葵さんとやらは庭の方に出て行った。
漂は少しがっかりした面持ちで、葵さんの後ろ姿を見つめていた。

「なぁ……」

あたしは肘で漂を突いた。

「何だよ」

漂は口を尖らせて気まずそうにこちらを見た。

「あんたもしかして」

ニヤニヤして問いかけると

「漂ちゃんは葵さんが好きなんだよな!!」

と紫苑が大きな声で言った。

「バカ! ちげーよ!!」

慌てた様子で漂は否定したが、

「バレバレだよーー」

と他の子達も笑った。

へーー そうなんだ。
この男は空手以外何も興味ないのかと思ってたけど。
まぁでも毎週ボランティアなんて、
こういった下心でもなけりゃできないか……。

「フフーン」とあたしも笑い、
漂は「人をおちょくるな!!」と顔を赤らめた。

施設からの帰りのバスの中、

「葵さん、きれいな人じゃん」

とあたしが言うと

「俺みたいなガキは相手にされてねーけどな」

と漂はうな垂れた。

「葵さんは年はいくつなんだ?」

「22」

「5歳も年上かーー」

自分がもし5歳下の子と……と考えてみた。
5歳下って11歳!? 紫苑と同じくらいじゃん!!

「ないな……」

思わず呟いたが

「今時5歳差なんて普通だよな! うん!」

と漂は一人納得して頷いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み