第73話 切ない気持ち

文字数 1,355文字

一茶と別れ、公園に向かうとマシロがブランコに座っていた。

「話できたか?」

キィキィとブランコの音を立てながらマシロが聞いた。

「うん」

あたしも隣のブランコに腰掛けた。

「あの二人、やっぱ夫婦になってた」

あたしが言うと

「そっか……」

とマシロは返事をした。

「お前、大丈夫か? 好きだった人が結婚してて」

マシロが聞いた。

「そっちこそ……」

あたしは小さく答えた。

「なんか切ねーな」

地面を見ながら吐き捨てるようにマシロは言った。

「俺、橙子を救い出したい一心で、
帰る術のないこの時代に飛んで、
結局実験は行われ、橙子はいなくなり、
見つけたと思ったら別の人とそれなりに
幸せそうに暮らしてたなんてな」

そして

「一茶さんは頼もしそうな人だったな」

とぽつりと付け足した。

あたしはマシロにかける言葉が見つからず、
ただただ横顔を見つめていた。

「それで、謎が解明できるような話はあったか?」

マシロは気持ちを切り替えるように話を変えた。

「ううん、特にそう言った話はなかった。
でも、橙子さんはあたしが地滑りに巻き込まれたその日に、
一茶の家の庭に現れたって。
あたしたち、完全に入れ替わってたみたいだな」

「そうなんだ……」

マシロはブランコの鎖を掴んで少し考えるような目をした。

「お前さ、地滑りにあった時って、一番何を思ってた?
例えば一番行きたい場所とか、一緒にいたい人とか……」

「え……?」

そう聞かれ、あたしは考えた。

「あたしは…… 一茶の事を思っていたかもしれない。
いつだって一茶のそばにいたいって思ってたから……」

「なるほど……」

「何?」

あたしはマシロの方を向いて聞いた。

「想念かな……?」

「想念?」

「うん。 
なんで透子が俺の…… と言うか
大河の部屋に現れたんだろうって思ってたんだ。
もしかしたら橙子が俺のそばに来たかった想いが、
透子を飛ばしたのかなって」

「どういう事?」

「想念はエネルギーだから、テレポートにも影響が出る。
実験段階の装置のバグで透子は巻き込まれた形になったけど、
その時透子と橙子の想念も交錯して透子は橙子の思う場所に、
橙子は透子の思う場所に飛ばされた可能性があるなって」

「そうなのか?」

「まぁこれは仮説でしかないけどな。
でも、それでもその話が聞けたのは大きな収穫だ。
あとは橙子が言っていたウイスキー工場と教会。
そこに行ってみよう」

そう行ってマシロはブランコから立ち上がった。

「わかった」

あたしも立ち上がって二人は駅に戻り、
また電車に乗って工場のある駅に向かった。

うぐいす色の電車は虹子おばちゃんの家がある駅を通り越し、
京都方面に向かった。
来た時と違って二人の間にはどことなく虚無感が漂っていた。

あれだけ会いたかった人同士が
結婚してもう何十年も夫婦としてやっている。
その形がすっかり出来上がっていて、
あたしたちの入る隙はなかった。

一茶や橙子さんにとってはそれが不可抗力だったとしても、
それをまざまざと見せつけられたのは、
多少なりともメンタルにダメージを受けた。

車内は空いていて静かだった。
あたしたちも、黙って電車に揺られていた。

ふっとあたしの手に温かな感触が伝わった。
マシロがあたしの左手を握っていた。
あたしも思わずその手を握り返した。

隙間風からお互いの身を暖め合うかのように、
あたしたちは黙って手を繋ぎ、そのまま電車に揺られ続けた。

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