第76話 紫苑とルリオ

文字数 1,427文字


「やり甲斐のある仕事だったけど施設の子供達の中には
虐待されて育った子もいて、
その子たちと接する度に私はいつもルリオの身を案じていた。
そのうちルリオを取り戻したい、取り戻さなきゃって思いが強くなって、
テレポートの研究を再開したの」

「テレポートでルリオ君を取り戻そうと?」

あたしは聞いた。

「えぇ、そうよ。
それからは表向きは施設長をやりながら研究所に何度も足を運んだわ。
施設の子や職員には出張があると偽って。
夜も寝る間を惜しんで研究に没頭した。
そしてそんな中、児童養護施設の視察で福岡に行った時に、
紫苑に出会ったの」

「その子がルリオ君にそっくりだったと?」

マシロが言った。

「そう、少し似ているレベルではなく、全く同じと言っていい程。
これはもしかしたら同じ数式の子じゃないかって思った私は、
あれこれ理由を並べて紫苑をぷりずむ苑に連れて帰ったの」

「紫苑を使ってルリオ君を取り戻せるかもって考えたんですか?」

あたしが聞くと

「その通りよ。
紫苑を連れて来た時はまだ入れ替わりなんて
できるのかどうか半信半疑のまま、
ぷりずむ苑にいた川島橙子という女の子を使って
最初のテレポート実験をする事になった。
その時は入れ替わりではなく、
単純に空間移動させるだけの実験だったけど、
橙子ちゃんは送信先に現れずに消えてしまった。
『実験に失敗した』と私も仲間も思ったわ。
でもしばらくしてぷりずむ苑にあなた、そう透子ちゃんが現れた。
漂くんはあなたを従兄妹として紹介したけど、
橙子ちゃんと瓜二つで、入れ替わったんだとピンと来たわ」

「気づいてたんですね」

あたしは言った。

「『片瀬透子』という名前であなたの事も調べさせてもらったわ。
あなたは35年前の地滑りで亡くなったとされる少女だった。
でも亡くなったのではなく時空を超えて現代にテレポートしたのね。
そしてぷりずむ苑にいた橙子ちゃんは
おそらく35年前に飛んだと予想した私は
今の橙子ちゃんの居場所も突き止めた。
そしてお互い、実験や研究施設での事は他言しない約束をしたの。
お互いの幸せのために」

あたしもマシロも思わず口をつぐんだ。

「当初目論んでいた実験は失敗だったけど、怪我の功名。
想定外に入れ替わりができてしまった。
そこで実験の成果を精査して確実なものにすれば
必ずルリオを取り戻せるって確信したわ。
あなたたちには感謝してる」

藤巻さんの言葉にどう反応していいかわからなかった。

「それじゃ、紫苑はルリオ君と入れ替わりで自国に帰れたんですか?」

あたしが聞くと

「えぇ、最初の実験の後、
テレポート装置はより詳細な設定ができるようにアップデートされたわ。
他の同じ数式の人間を予測できたり、
場所だけでなく時間の概念も追加された。
それに想念も大事なファクターだとわかった。
あの子(紫苑)が会いたかった母親の所に
無事にテレポートできたと連絡が来たわ」

とりあえずあたしはほっとした。

「想念がやはり関わってくるんですね?」

マシロが言った。

「えぇ、想念があの子(ルリオ)もここに戻した。
あの子はあの子の父親に真冬の庭に何時間も放り出されたり、
階段から突き落とされたり何度も危機的状況に
陥っていたらしいわ。
その度に日本の私を思っていたって」

藤巻さんは目に翳りを浮かべながら言った。

「でも、って事はもう研究施設には完成した入れ替わりの出来る
テレポート装置があるって事か?」

マシロは藤巻さんに一歩近づきながらそう言ったが、

「えぇ、でも……、その装置はもう解体してしまったのよ……」

と答えが返って来た。

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