第1話 1986年のあたし

文字数 1,578文字

1986年。

ガシャーーン!!

派手な衝撃音が廊下に響き渡り、教室にいた男子が

「あ! また割れた!」

と叫んだ。

野次馬根性丸出しの生徒たちが廊下にわれ先にと出て行く。
あたしはその野次馬たちの後からしれっと教室を出て
校舎の外に向かった。

くるぶしまである長いスカートを翻し、
かかとを踏み潰したスニーカーをズルペタ言わせながら、
いつもの学校の裏山まで歩く。

裏山にはコンクリート造りの殺風景な、今は使われていない倉庫があり、
そこはあたしみたいな授業をサボっているやつらの溜まり場になっていた。

「ヤニ(くさ)……」

でも、このタバコの匂いはマルボロ……

逸る気持ちを抑え、倉庫のドアを開けると、
一茶(いっさ)が窓枠に座りタバコを燻らせていた。

「おう、透子(とうこ)か」

逆光で表情は良く見えないが、一茶は一瞬こちらを見て、
また窓の外に目を向けた。

「山吹たちがまた暴れてるよ」

あたしは窓辺に近づきポケットから
細いタバコとライターを取り出すと、一茶はその手を掴んで、

「女はタバコ吸うな」

と、真顔で言った。

「わかったよ」

ドキドキ鳴り出した心臓を悟られないように、
あたしはタバコをポケットにしまった。

一茶はあたしより二つ年上の高三。
近所に住む幼馴染で、小さい頃はよく遊んでもらっていたが、
一茶が中学に入ると姿を見かけなくなった。

その頃のあたしはと言うとまだ小五で、
家庭でのいざこざから周りに対しても心を閉ざし、
「取っつきにくい」と、クラスメイトから敬遠されるようになっていた。

体育の授業中、先生が

「二人組になってーー!」

と指示を出し、

「ねぇ……」

と、話しかけても

「あれ? 何か声が聞こえた!?」

「透明人間だからわかんないよーー」

と言ってキャハハ!と笑いながらあたしから逃げる女子グループ。

教室ではバコッとペンケースをぶつけられて、

「あれ!? 何かに当たった!?」

「透明人間じゃね!?」

ニヤッと笑って立ち去る男子たち。

透明の透子。

いつしかあたしはそう呼ばれるようになった。

中学に入っても軽いイジメのようなものは続き、
ある日あたしは耐えられずに教室を飛び出した。

「スケルトン」

そんなあだ名で呼ばれ、存在を無視される事がこんなに辛いなんて。

人気のない校舎の裏まで走り、もう誰もいない所に行きたい、
スケルトンなんだったらいっその事
このまま消えてしまいたいと本気で思った。

しばらく校舎の裏でひとり膝を抱えて泣いていると、

「透子か?」

と、誰かがあたしに声をかけた。

涙と鼻水でドロドロになった顔を上げると、そこには一茶が立っていた。
久しぶりに見た一茶。
ふわっとしたリーゼント頭で、
あたしが知っている頃の一茶より肩幅も広く背が伸びている。

「汚ったねぇなぁ! ほら!」

一茶はポケットからぐしゃぐしゃのハンカチを取り出し、
あたしの顔をぐいぐいとこすった。

「って言うかそのハンカチも汚ったないんじゃないの!?」

思わずそう言うと、

「それだけ言えれば大丈夫だな」

と、一茶は笑った。

あたしも自分の顔を手でぬぐい、

「いつもここにいるの?」

と聞くと

「あぁ」

と一茶はズボンのハンカチが入っていた方と
反対側のポケットからタバコを取り出し、
ジッポーの蓋をカチャン!と開けて火をつけた。

背の高さに加えて、
くわえたタバコを両手で覆うようにして火をつける姿が、
何とも大人に見えた。

「タ、タバコ……」

思わず言うと

「先公にはナイショだぞ」

と、タバコをくわえたまま一茶は笑った。

それから度々あたしは校舎の裏に顔を出すようになった。

ここに来れば一茶に会えるというのもあったが、
そこには一茶の他にもあたしと同じような
あぶれた子たちが集まって来ていて、
みんなあたしを受け入れてくれた。

「ここは何だかほっとする」

そんな仲間達からあたしはカバンの潰し方と、
ブリーチで髪色を明るくする方法を教えてもらい、
先輩には長いスカートも譲ってもらった。

そして今のあたしが出来上がった。
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