5.ンガラの丘の上

文字数 638文字

1994年10月9日日曜日、午後6時30分
ンガラ

 この日曜日も夕方は事務所周辺の丘を歩いて回る。
 この日はいつもより少し遅れて歩き始めた。小一時間して息も少し上がり、額から汗が落ちてきた。かなり日も傾いてきたので戻ろうと丘を登り始める。

 丘の上でステイシーが独り佇んでいるのが薄暗がりに見えた。
 あの時と同じようにブルンディの方を見ながら彼女は泣いていた。娘のアンジェの事を考えているのだろうか。

「ステイシー、大丈夫?」 そっと声を掛けた。
「すぐ帰るから大丈夫よ」 と、彼女が涙をぬぐい言った。
 周囲はかなり暗くなっていた。

「あっ」 と、言って足元が暗くて石にでも躓いたのか、ステイシーがよろけて転んだ。
 駆け寄って助け上げ、捻挫していないか足首を診る。
「痛っ」 と、小さな悲鳴を上げた。少し捻ったようだ。
「背中に乗るといいよ」 と、言って彼女を負ぶり、事務所に向かって歩き始めた。


「ねぇ、ケン」 しばらく歩くと背中のステイシーが聞いた。
「私たち、ずっと一緒にいられるかしら?」 それは質問なのか、願いなのか分からなかった。
「もちろん、みんなずっと一緒だよ」 嘘ではなかった。ずっと一緒にいたかった。
「嬉しいわ」 ステイシーのぬくもりが背中に心地良かった。

 日はすっかり暮れ、はるか遠くの丘にポツン、ポツンと焚火の灯りが見えた。真っ暗な夜空の中に浮かぶ星のような火は一つ一つが家庭であり、それを囲む家族なのだろう。

 ステイシーをおぶりながら、ずっとこのままでいられたら思った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み