6.フランス軍トルコ石作戦「保護地域」

文字数 2,809文字


        (ザイールへ逃げる国内避難民が集結したギコンゴロ、1994年8月)

1994年8月10日水曜日、午前8時30分
キガリ市内

 朝食を食べながらこれからの予定を話し合った。誰もが昨夜の激論で疲れ、眠れなかったのか目を真っ赤にしていた。

「まだルワンダ国内は国内避難民への人道支援が中心で、難民の帰還やその準備は新政府を始め、どの団体も時間がまだかかる。ルワンダ国内は混乱し、落ち着くにはしばらくかかるな。新政権とのつながりは出来たし、目的は達成したと思う」
 ベンはそう言って、キガリでの活動に満足し、ンガラに戻ることを提案した。

「私も同じです。これ以上ここにいてンガラでの活動がおろそかになるのが気がかりです」 
 グレイスが賛同した。
「ママ、妹さんはもう探さないの?」 ステイシーがグレイスを気遣った。
「そうだ、グレイス。残ってもいいんだぞ」 ベンが続けた。
「ステイシー、ベンありがとう。心遣いは嬉しいわ。でも、見つからないものは仕方ないわ。生きていたらいつか連絡があるでしょう。それより、ンガラの難民の面倒を見ないと」 
 グレイスが気丈に答えた。

「出来ることならフランス軍が撤退する前のチャンググに行ってみたい」 
 自分がフランス軍保護地域の西端に行くことを提案した。

 チャンググはちょうど、ギセニと逆に位置するキヴ湖の南端にあるザイールの町、ブカブと隣り合う町だ。

「多くのIDPが集結して混乱するチャンググに行けば、ルワンダ難民の今後の状況がつかめると思うんだ」 
 フランス軍による「保護地域」での実態を確認したかった。
 それにカーン国連特別代表が言ったように国際社会の存在がIDPを安心させ、国境を越えないように出来るのか。これまでルスモとゴマの実態を見てきて、単に彼らは内戦から逃れようとしているのではなく、誰かに操られているように見えたからだ。

「ケン、物見遊山じゃないんだ。これ以上ルワンダにいることはない」 
 と、冷たくチャールズが言った。

「私はチャンググに行ってみる価値はあると思うわ。直接ンガラのプロジェクトには関係ないけど、三度目の難民の大量流出が始まるかもしれない状況を見ておきたいわ」 
 ステイシーが援護射撃をしてくれた。

「まあ、ここまで来たんだ。一日、二日ぐらい滞在を延ばしてもいいだろう。アンワル、チャンググまでどのくらいで行って帰って来られるか?」 ベンが確認する。
「チャンググまで約300キロ、6時間かな。帰りはブタレで一泊したいが、泊まれない可能性が高い。今から出れば丸一日、今夜中には戻れるはず」 と、アンワルが言った。
 時計は午前8時半を指していた。

「そうか。行くなら急ごう。チャールズ、悪いが一日待ってくれ」 ベンが言った。
「分かった。もう一度、復興省やUNHCRとかを廻ってクロスボーダー・オペレーションの情報を集めるようにするよ」 チャールズは仕方なさそうに言った。

「では、私はチャールズと行動します」 グレイスが言った。
「了解。では、みな頼むぞ」 ベンがそう言うと、残りの紅茶を飲み干して一斉に家を出た。

 その時、偶然ポールが居間で聞いていた地上波のBBCラジオにクリスティーンが出演していた。聞き覚えのある声に嬉しくなる。

 彼女はそのインタビューに中で、ルワンダ復興のカギはツチ人とフツ人の和解と融和にあること、そのためには外国からの支援が重要だと語った。

 住人たちにラジオの声の主に会ったと言うと、驚いていた。
 彼女の声に後ろを押されるようにしてキガリを出た。

         ***

 チャンググに通じる南部へ向かう街道は援助物資を積んだ国連関係のトラックのコンボイが列をなして走っていた。
 3時間ほどでフランス軍が設定していた保護地域の東端にある町、ブタレに着いた。フランス軍を見かけることはなく、町は全くの無人だ。住民は虐殺で殺されたか、どこかへ移動したようだ。

 それから約一時間西に行くと、ギコンゴロの手前からフランス軍の車両を見かけ始める。前線基地らしい建物の前庭には多数の軍用車両が止まり、長いマストから巨大なフランスの三色旗がはためく。脇には衛星通信用の巨大なパラボラアンテナも設置されていた。
 ギコンゴロ市内は避難民で溢れていた。両手に持てる物を持てるだけ、頭にも載せられる物を載せられるだけ載せて歩いている。
 中心部のバスターミナルのある広場では荷物を抱えた避難民が集結して騒がしい。この混乱の中、運行されるバスもなく、何かを待っているようだ。周辺のビルでは備品を略奪しているのか、集団が窓から本棚や書類が次々に地上へと投げ落としている。

 ギコンゴロを出ると、チャンググに向かう道は家財道具と共に牛や羊などの家畜を連れている避難民の集団で埋め尽くされた。これがカーン国連特別代表の言っていた避難民の群れだ。

 その群れを横目にフランス軍兵士が無蓋の小型四輪駆動車から立ち上がってメガホンで呼びかけている。フランス語でザイールに進まないように説得しているようだ。だが、人の流れはそれを全く無視して無言のまま次々に西へと進んで行く。
 難民がその圧力で国境を爆発させるかのように無数の難民が国境に向かっている。


「トルコ石作戦」名づけられたこの作戦で、フランス軍はルワンダ南西部に地上部隊を展開し、「保護地域」を設けて住民の保護に当たった。
 だが、この地域にフツ人を逃がし保護することでツチ人主体のRPF政権を牽制し、紛争後もルワンダに影響力を維持しようというフランスの意図が露骨に出ていた。

 この介入により、虐殺に関与した前政権のフツ人強硬派の指導者の多くがザイールなど国外に逃れる時間を与えただけでなく、フツ人難民を大量に流出させ、巨大なフツ人難民キャンプをザイールに出現させる原因となった。

 旧ルワンダ政府そのままの組織が難民キャンプを管理することにも繋がっていく。
 ンガラのキャンプと同じように、旧体制の維持は難民の帰還を阻み、旧政権の兵士と民兵がザイール各地のキャンプを基地化させる。
 このフランスのルワンダへの利権保護のための介入は、その後のルワンダ難民危機を長期化させる大きな原因となったとして国際的に批判された。

 多くのIDPに囲まれても右に座るステイシーを見ると落ち着いていた。避難民の群れを凝視していて、先日のようなパニック状態になる心配はなかった。

 暫らくし、ついに人の波で車が止まり、前へ行けなくなる。チャンググは諦め、大きな難民の流れに逆らって引き返すことにした。
 第三波ともいえる難民のザイールへの大流出が目の前に迫っていた。国境の町チャンググまで残り120キロの地点だった。

『デジャヴ』 
 ここで見た情景は、4月にルワンダ難民がルスモの国境を越えてタンザニアになだれ込んだものと同じだった。それが今、目の前で起きようとしていた。
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