15. ギセニ、無人の国境町

文字数 2,066文字


             (ザイール側から見たルワンダ国境、1994年8月)

1994年8月7日日曜日、午前7時 
キガリ市内

 朝食の後にキガリを出た。いつ食事を取れるか分からないので朝食はしっかりと食べるよう心がけていた。いつでも食べられるよう、食料としてモンキーバナナとコーラのケースを積み込んだ。
 早朝のキガリは朝靄がかかっていて車窓から入る風は寒いくらいだ。
 アンワルによればギセニまでの道は、地図上の最短ルートではなく、ルヘンゲリというルワンダ北部山間部の国境地帯の町を経由する方が道も良く早いという。

 難民が大量に流れ込んだザイール国境の町、ギセニは暗殺されたハビャリマナ大統領の出身地として優先的に開発が進められてきたという。ルワンダ政府軍の拠点があり、かなり破壊されていることも予想された。道路も寸断されているかもしれない。

 キガリの北にある十字路では武装したRPFの兵士達が警戒していて目的地を尋ねられた。
「ゴマだ」 と、言うと彼らは無言で行け、というように手を振った。

 路肩には市内に向かう人を荷台に満載した多くのトラックが停まり、兵士が検査をしていた。家財道具らしいものが見当たらないが、故郷に戻る帰還民なのだろうか。

 ルヘンゲリへの道は快適だった。途中、ゴマの難民への援助物資を届けた後なのか、白い車体に黒く「UN」のロゴがある多くの空荷の大型トレーラーとトラックとすれ違う。

 車は丘の底を縫うように進む。時折水田もあって、これで水車や案山子でもあれば、日本の田園風景だった。何か懐かしささえ覚えた。
 だが、ここも人影が見当たらない。
 行き交うのは国連のトラックと、RPFの武装した兵士を乗せたピックアップだけだった。

「ここら辺からルヘンゲリ国立公園だ」 と、道はかなりの急坂になってアンワルが説明した。
 やがて道はかなりの急坂を登り始めた。

 電子高度計では二千メートルを超えている。植生も地面を這う低い木が増え高山性のものになっていた。
 ルワンダ、ウガンダ、ザイールの国境が隣接するここら辺一帯はアフリカ・ハイランド・ゴリラの生息地として知られている。 このゴリラも今の内戦で犠牲になったのではないか気になった。


「ここへは良くドライブに来たんだ」 と、ハンドルを握るアンワルが懐かしそうに話す。ここは景色もよく絶好のドライブ・スポットだったようだ。

 反対車線に急勾配を登って停まっているトラックの集団と出くわした。国連の輸送部隊ではなく、ザイールからの商品を運ぶコンボイだった。きつい坂が続くのでオーバーヒートを避けるため、途中で止まってはエンジンを冷やしている。ここは高度も高く空気も薄く、エンジンにはかなりの負担だろう。

 車を停めて、運転手からアンワルがザイールからの道の様子を聞く。

「国境まで何の問題もないらしいよ」 
 確認したアンワルは当然のように言う。
 これは有益な情報だった。車内のみながホッとする。

 さらに運転手から何か聞いた。トラックの燃料を分けてもらう交渉だった。アンワルによれば、昨日キガリで少し給油出来てゴマまでの往復は持つが、緊急時に備えて補給したいという。
 結局、トラックの燃料がキガリまでギリギリらしく売ってもらえなかったが、アンワルの職業意識には感心した。

 トラックの運転手によると、内戦で物流が止まり、この先の農家で野菜が非常に安く売られているらしい。荷台にキャベツやトマトを大量に積んで小遣い稼ぎにキガリで売るということだった。内戦で流通経路が崩壊し、多数の農民が虐殺に遭ったり難民となって作物が収穫されずに腐る中、キガリでは野菜が不足していたからだ。

 またRPF兵士の検問を過ぎてルヘンゲリという町に入ると、人を少し見かけるようになった。そして、多くの国際NGOのトラックとすれ違った。その荷台にはザイール方面からの帰還民らしき人たちが乗っていた。
 一方、われわれと進行方向が同じ、西に徒歩で向かう避難民の流れもあった。大切な財産の牛を引き、家財道具を頭に載せた集団がザイール方面へ歩いている。かなりの距離を歩いたのか、誰もが疲れ切っているようだ。

 ルヘンゲリを過ぎて、また人がいなくなる。見かけたのはキガリに向かう国連の空荷のトラックと帰還民らしい人たちを乗せたNGOのトラックだけだった。
 RPFの兵士も見なくなったのは、現在のRPFの勢力範囲はこの辺までということだろうか。

 それまで高い針葉樹の森に覆われていた道が急に左右に開けた。ギセニだ。キヴ湖に面するリゾート地として発展し、多くのホテルや別荘が湖畔に沿って建ち並ぶルワンダ第四の都市で、内戦前は人口7万人を越えていた。だが、ここも人が蒸発したように誰もいない。
 
 キヴ湖の湖面は群青色の絵の具をべったりと流した人工的な色をし、無人の町と合わさり不気味な風景だった。
 無人のギセニを抜けてザイールとの国境に着くが、ルワンダの国境事務所は無残に荒らされ、放置されていた。当然、出国手続きもないままザイールに入った。
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