12.クリスティーンを探して

文字数 1,717文字

1994年8月4日木曜日、午前11時
キガリ市内、復興社会再統合省
 
 キガリ商工会議所は空港に通じる大きな幹線道路に面した外観がガラス壁の5階建ての小さなビルだった。省名を示す看板はなかったが、駐車場には国際NGOの車が停まっていたので間違いなさそうだ。
 この付近でかなりの戦闘があったらしく、銃弾と機関砲弾に、それらの空薬莢が敷地一面に散らばっていた。高い場所からも銃弾が撃ち込まれたのだろうか、斜めに割くように地面が削られていた。良く見ると建物の壁面も銃弾であちこちがえぐられ穴が開いていた。

 1階では男性が一人、破壊された建物の瓦礫の後片付けを黙々とするだけで誰もいない。ここもハズレかと一瞬不安になった。
 2階に上がると部屋の扉が開いていた。中に若い女性二人がいてタイプライターをカチャカチャと、打っていた。二人とも若く、学生にしか見えない。

 先ずは復興社会再統合省かどうか確かめた。
「はい、そうですよ」 と、手前の女性がタイプの手を止めて言う。
 その何気ない返事にホッとしたというより拍子抜けした。
 そして、難民支援に関連してクリスティーンに会いたいと告げる。

 同じ女性がその場で予定表を確認したが、彼女は来週火曜日まで予定があるが、念のため確認するので待つように言い、奥の部屋に入った。

 その間、別の女性にキガリに来た目的を説明すると、NGO登録申請書を手渡してくれた。その申請書は二枚で出来ていた。一枚目は団体について。二枚目は団体のルワンダで活動するスタッフの詳細を記入する欄だった。
 その場でベンとグレイスが二枚とも記入していった。

 二人が記入する間、女性と話したが、彼女はついこの前までベルギーの大学に留学し、経済を勉強していたと言った。ルワンダがRPFによって解放されたのを聞いて何か自分にも出来ないかと急遽、勉強もそのままにルワンダに帰ってきたと言う。

 ここの省のスタッフは大臣以下全員で5人ということだった。さっき訪ねた建設省は二人だからまだ立派なものかもしれない。
 クリスティーンの予定の確認が取れ、来週の火曜日午後一時に彼女とのアポが決まり、省を後にした。


 車内に戻るとベンが今一度、今回の調査の意義と懸念について確認した。
 RPF政府に対するNGO登録は長期的視点に立ち不可欠で、われわれの活動がスムーズに進められるようRPF政府にも活動を認識してもらうことは望ましい。新政府と関係を結べばルワンダ国内での活動も開始出来、難民の帰還支援事業の可能性も広がる。

 その反面、RPFとの関係が出来るとフツ人強硬派が支配するンガラでの支援活動への支障になりかねないとの懸念をベンは口にした。
 この席にいなかった他のスタッフとも確認するが、フツ人強硬派が支配する難民キャンプでは口外すべきではないと言った。

 キガリに来る前の打ち合わせでもこうした懸念は出ていたので、ベンの言う通りだろう。
 今、RPFと正式な関係を結んだといえば、フツ人強硬派からの反発を買うのは明らかだ。ステイシーも同じ意見だった。
 みなと検討しないまま復興社会再統合省でのNGO登録を含め話を進めたことは少々フライング気味だったので、そう言ったのだろう。
 事後承認だが、団体代表が決定したのだから特に問題があることではない。却って即決出来て効率が良いと思った。

 早い難民の帰還はルワンダの早期の復興にもつながる。難民にとってもキャンプで全てを支援に頼る生活には未来がない。
 一国にとり、大量の人口がいなくなれば国の存続に関わる。主権、領域、国民という国家の三要素の一つである、国民が欠けるとそれは国家とは言えない。それが今のルワンダの置かれた状況だ。
「ゴースト・カントリー」という言葉がまた浮ぶ。

 BBCの短波ラジオのニュースでは、ザイールのゴマではルワンダ難民の病死者に歯止めが止まらないと伝えていた。
 また、人道支援のためにイギリス軍とカナダ軍の部隊がキガリに空路到着したということだった。国際的なルワンダ支援が本格化していた。

 これは内戦が終結し、RPF政権が国際的に承認されたということなのだろうか。そうなれば事態は一挙に変わるだろう。
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