2.ベンの盟友、小児科医チャールズの不満
文字数 1,647文字
1994年7月31日日曜日、午後6時
ACESンガラ事務所
3日後の日曜の夕方、ベンにこれまで集めた情報を伝えた。
ルワンダ国内への視察は余裕を持ってキガリ往復で5日間を予定した。
「分かった。それで、いつ出発する?」 ベンが最後に聞いた。
「明日はイサの自動車修理工場で車の整備と買い物をするので明後日、火曜日早朝の予定だ」
アンワルが、途中何があるか分からないので、車の整備は念入りに行いたいと言っていた。
ガラの外れにある、イサの自動車修理工場は援助関係者の車両の修理やレンタカーなどを一手に引き受けていた。
「それで、キガリで『クリスティーン』を探すというのは分かるが、本当に見つかるか?」
ベンが少し懐疑的に聞いた。
「ハクナマタタ、ICRCの人が噓をつくとは思わないし、どうにかなると思う」
彼女を見つける妙な自信があった。
「ハクナマタタと来たか! ケン、君はもう立派なアフリカ人だ!」 ベンが大笑いした。
「じゃあ、あとはアンワルと打ち合わせを続けてくれ」
そう言うとベンは事務所を出た。
『ハクナマタタ、No Problem』 そう言うと不思議と何でもポジティブになれた。
「ケン、ちょっといいか?」 チャールズがそう言って事務所に入ってきた。
「もちろん。何だい?」 彼の突然の出現に少し体が強ばった。
アンワルが立ち上がり、席を外そうとしたのをチャールズが遮った。
「ルワンダ行きだけど、俺は反対だ。そんな余力は今ない」
ぶすっとした態度でチャールズが言った。
「そもそも、キャンプで患者をまともに診ないで変だ。われわれはここで難民の診療に専念すべきだ」
何かと診療をしないようにしていたのが彼に見透かされ、返す言葉がない。
「それに、ベンもベンだ。あんたが来てからというものの、同じようになっている。ボスだから仕方ないが、うちは医療団体だ。探検隊じゃない」 彼の言葉が突き刺さる。
「そのように見えていたのなら申し訳ない」 チャールズから指摘されるまで気付かなかったが、その通りなのだろう。
「だったら俺らをあまり巻き込まないでくれ。ただでさえここは危なくなってきた。ルワンダに行って何かあたったらでは遅い」
そう言うとチャールズは事務所を後にした。
「ケン、悪く思うな」 横で黙って見ていたアンワルが口を開いた。
「あいつ、お前に嫉妬しているんだよ」 彼が続けて言った。
「えっ!?」 と、突然の予想もしない言葉に驚いた。
「変な意味に取るな。チャールズはベンと団体の立ち上げからずっと一緒にやってきて、陰に日向に支えてきた。だから、突然あんたがベンと組んで色々やるのを見て羨ましいんだよ。ベンも楽しそうだし」 そう言ってアンワルは目配せした。
そういうことだったのか。
前からチャールズには事あるごとに突っかかるようなところがあると感じていた。男の嫉妬は怖いというがそれだろうか。
とはいえ、ベンの性格だから草創期の団体の苦労をチャールズ一身に押し付けていたのは想像が付いた。プロポーザル書きに会計、ドナーへの報告。団体の事務も重要な仕事だ。
医者だから患者を診察していればいい、というわけにはいかないのがNGOだ。特にACESのようにスタッフの少ない小さな団体であればなおのことだ。チャールズはいわば女房役として細々とした仕事をこなして来たのだろう。
それを、来て間もない自分もベンと同じようなことをして納得がいかないのだ。
「分かった、アンワル。忠告ありがとう。気を付けるよ」
そう言うと、週末の運動の散歩に出かけた。
『これから首都キガリに乗り込む』 そう思うと歩きながら期待に心が躍り歩調も速くなった。
BBC国際放送ではアメリカ軍部隊が人道支援のためにキガリに到着したという。フランス軍に次いでアメリカ軍が介入するということは、ルワンダ情勢が突如として国際的問題になったことを意味していた。だが、ここまでに来るのに約4ヶ月かかっている。
何もかも、あまりにも遅すぎると思った。
ACESンガラ事務所
3日後の日曜の夕方、ベンにこれまで集めた情報を伝えた。
ルワンダ国内への視察は余裕を持ってキガリ往復で5日間を予定した。
「分かった。それで、いつ出発する?」 ベンが最後に聞いた。
「明日はイサの自動車修理工場で車の整備と買い物をするので明後日、火曜日早朝の予定だ」
アンワルが、途中何があるか分からないので、車の整備は念入りに行いたいと言っていた。
ガラの外れにある、イサの自動車修理工場は援助関係者の車両の修理やレンタカーなどを一手に引き受けていた。
「それで、キガリで『クリスティーン』を探すというのは分かるが、本当に見つかるか?」
ベンが少し懐疑的に聞いた。
「ハクナマタタ、ICRCの人が噓をつくとは思わないし、どうにかなると思う」
彼女を見つける妙な自信があった。
「ハクナマタタと来たか! ケン、君はもう立派なアフリカ人だ!」 ベンが大笑いした。
「じゃあ、あとはアンワルと打ち合わせを続けてくれ」
そう言うとベンは事務所を出た。
『ハクナマタタ、No Problem』 そう言うと不思議と何でもポジティブになれた。
「ケン、ちょっといいか?」 チャールズがそう言って事務所に入ってきた。
「もちろん。何だい?」 彼の突然の出現に少し体が強ばった。
アンワルが立ち上がり、席を外そうとしたのをチャールズが遮った。
「ルワンダ行きだけど、俺は反対だ。そんな余力は今ない」
ぶすっとした態度でチャールズが言った。
「そもそも、キャンプで患者をまともに診ないで変だ。われわれはここで難民の診療に専念すべきだ」
何かと診療をしないようにしていたのが彼に見透かされ、返す言葉がない。
「それに、ベンもベンだ。あんたが来てからというものの、同じようになっている。ボスだから仕方ないが、うちは医療団体だ。探検隊じゃない」 彼の言葉が突き刺さる。
「そのように見えていたのなら申し訳ない」 チャールズから指摘されるまで気付かなかったが、その通りなのだろう。
「だったら俺らをあまり巻き込まないでくれ。ただでさえここは危なくなってきた。ルワンダに行って何かあたったらでは遅い」
そう言うとチャールズは事務所を後にした。
「ケン、悪く思うな」 横で黙って見ていたアンワルが口を開いた。
「あいつ、お前に嫉妬しているんだよ」 彼が続けて言った。
「えっ!?」 と、突然の予想もしない言葉に驚いた。
「変な意味に取るな。チャールズはベンと団体の立ち上げからずっと一緒にやってきて、陰に日向に支えてきた。だから、突然あんたがベンと組んで色々やるのを見て羨ましいんだよ。ベンも楽しそうだし」 そう言ってアンワルは目配せした。
そういうことだったのか。
前からチャールズには事あるごとに突っかかるようなところがあると感じていた。男の嫉妬は怖いというがそれだろうか。
とはいえ、ベンの性格だから草創期の団体の苦労をチャールズ一身に押し付けていたのは想像が付いた。プロポーザル書きに会計、ドナーへの報告。団体の事務も重要な仕事だ。
医者だから患者を診察していればいい、というわけにはいかないのがNGOだ。特にACESのようにスタッフの少ない小さな団体であればなおのことだ。チャールズはいわば女房役として細々とした仕事をこなして来たのだろう。
それを、来て間もない自分もベンと同じようなことをして納得がいかないのだ。
「分かった、アンワル。忠告ありがとう。気を付けるよ」
そう言うと、週末の運動の散歩に出かけた。
『これから首都キガリに乗り込む』 そう思うと歩きながら期待に心が躍り歩調も速くなった。
BBC国際放送ではアメリカ軍部隊が人道支援のためにキガリに到着したという。フランス軍に次いでアメリカ軍が介入するということは、ルワンダ情勢が突如として国際的問題になったことを意味していた。だが、ここまでに来るのに約4ヶ月かかっている。
何もかも、あまりにも遅すぎると思った。