2.国連の限界

文字数 1,916文字

1994年8月9日火曜日、午後5時
キガリ、UNREO事務所

 午後5時前、UNREOでの会議にはベンとステイシーの3人で出かけた。さほど広くない会議室には50人以上の国連やNGO関係者などで壁際まで埋まっている。折しも雨が降り出し、窓が閉められたせいで室内は人いきれでムッとしている。

 冒頭、UNREO担当者からこれまでのルワンダの状況をまとめ、続いてUNAMIRトップのカーン国連事務総長特別代表が難民とIDPの状況を説明した。

 元パキスタン外務次官のカーン特別代表は、フツ人IDPを保護するためにルワンダ南西部一帯に展開するフランス軍の派遣が今月21日をもって終了し、撤収する予定だと言った。
 さらに、このトルコ石作戦が終わりフランス軍部隊が撤収した後、エチオピア軍PKO部隊がルワンダ南西部の治安維持引き継ぐが、避難民がルワンダ国内に留まることを危険視し出したら最悪の可能性もあると言った。
 このため、南西部での国際社会による援助の成否が今後のルワンダ難民問題を左右すると、ゆっくりだが人道危機を強調した。
 これを防ぐために支援するだけでなく、国際NGOなど国際社会が目に見える存在としてIDPを安心させ、国境を越えないようにしなければならないと、強く言った。

「現在RPFの支配地域が少しずつに西へと拡大し、フツ人住民はフランス軍が展開する南西部のザイール国境の町、チャンググ、そしてザイールのブカブを目指している。これ以上難民がザイールに流出することだけは阻止したい」 そう言って関係者に訴えた。

 逆に彼の話に熱が帯びれば帯びるほど切迫した事態が伝わるが、難民の流出が完全に国連の手に負えなくなったことの証でもあった。
 
 彼はルワンダ北部の町、ルヘンゲリから南部の町ブタレまでの西側国境一帯に50万人から100万人が集結し、今にも再びゴマに流出しようとしているとも言った。
 このままでは、悲劇が再現されると指摘し、危機感を煽るようにNGOの支援活動の重要性を繰り返した。
 IDPが一斉にザイールの町、ブカブを目指し、再び雪崩を打つように国境に押し寄せるのは時間の問題のようだ。

 そしてUNAMIRは人々がデマや噂に惑わされないよう、避難民向けにラジオ局をブタレに開局する予定だと言った。
「とにかく、何を置いてでもこの地域のIDPの支援をして欲しい」
 少しでも多くのIDPが国境を越えないよう、ルワンダの東側へ留まるよう援助団体の協力を求めた。

 この後、ICVAというジュネーブに本部のあるNGO間の援助調整をしている団体から、ルワンダでの各団体の支援活動の調整と協力体制を作ると伝えられた。その代表の話では、世界各国から現時点で70以上ものNGOがルワンダに入ってきているという。
 この数は3年前のカンボディア内戦後に世界からNGOが大挙して支援活動をした数に匹敵するというが、4ヶ月でこれほどの団体が支援現場に入ったのは画期的だという。
 当時、カンボディアでは支援調整がなく、現場は大変混乱したのでルワンダではそうしたことは避けたいということで初期から調整を行うという。
 NGOが国連などの規制を受けると活動の自由を失うので、そうならないようNGO間で調整しようというのである。

 その後、UNAMIRの将校からキガリ市内を中心に対人地雷やブービートラップによる被害が出ており、人の歩いた跡のない道や物が乱雑に置かれた場所には注意するようにとのことだった。
 それを聞き冷や汗が出た。アンワルの家に弾薬が山のように積まれていたのを思い出したからだ。弾薬を利用しようとする敵のために、罠が仕掛けてあってもおかしくない。泊まらないで正解だった。あの時のベンの判断に感謝した。

 また、アメリカ軍の担当者がアメリカ空軍による輸送作戦がケニアのナイロビと、ウガンダのカンパラ、そしてキガリの間で行われていて、物資と人員の輸送が必要な団体はUNAMIRにまで連絡して欲しいと言った。

 この時期、アメリカは物資輸送に限定した「希望支援作戦」を展開した。前年のソマリアでの武装勢力によるアメリカ軍ヘリコプターの撃墜後、多くのアメリカ軍兵士が犠牲になり撤退した影響で、地上兵力の展開はアメリカの国内世論に配慮し、クリントン大統領が慎重だったからだ。


 会議が終わって建物を出た。日も暮れて会議前からの雨は本降りになっていた。会議室でのこもった空気と緊迫感から解放され、伸びをしながらひんやりした外気を深く何度も吸った。
 ベンとステイシーも同じだった。

 その後は三人とも何を話していいのか分からず、アンワルの車に黙って乗り込み、ポールの家を目指した。
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