17.キリマンジャロの雪
文字数 1,582文字
1994年4月6日水曜日、午前7時
ナイロビ、ACES本部事務所前
この日の朝、陸路でタンザニアのキリマンジャロ空港に向けてナイロビを出発した。ドクター・タケオが送ってくれた日本から空輸された医薬品を引き取るためだった。
グレイスに、ステイシー、そして小児科医のチャールズと自分の4人は2台のランドクルーザー・ピックアップに分乗した。
キリマンジャロ空港ではンガラのアンワルが手配した運送業者のトラックと落ち合う手はずになっていた。今回は前回とは違う東寄りのナマンガという町で国境を越えてタンザニアに入国し、まだ十分日がある時間にアルーシャのホテルにチェックインした。
アルーシャはメルー山の麓にあり、サファリツアーの拠点として栄えている町で、多くの欧米人観光客を目にする。
天気も良く夕食には早かったので、近くのキリマンジャロ山が見られるところまで車で移動する。この前上空から見た姿と異なり、標高5,895メートルのアフリカ最高峰の四角い頂に白く光る雪を抱いたキリマンジャロ山がアフリカの大平原に横たわる姿は、まさにヘミングウェイが小説「キリマンジャロの雪」で描いた風景そのものだった。
ホテルでの夕食後、疲れたドライバーたちは部屋に引き上げ、残りの4人で、併設のバーで飲んでいた。この日見たキリマンジャロ山にちなんで山のイラストのあるラベルの同じ名前のビールを頼んだ。サファリラガーより軽くすっきりとした味わいだ。
初めて間近に見たキリマンジャロ山に少し興奮していたし、医薬品が日本から届くという安心感からビールが進んだ。
3本目を頼もうかと思った時、カウンターの電話が鳴り、受話器を持ったウェイターがわれわれに尋ねた。
「ACESの方ですか? ナイロビからお電話です」
グレイスがウェイターから受話器を受け取った。また医薬品の大量寄付でもあるのかと期待して横で彼女が話すのを聞いていた。
時計を見ると午後10時を過ぎていた。
「オーマイガッ! 何てこと!」
彼女の驚きの声が上がった。
数時間前、ルワンダのハビャリマナ大統領とブルンディのンタリャミラ大統領らが乗ったルワンダ大統領専用機がキガリ近郊で墜落したという報せを聞いた瞬間だった。
まだ事故の詳細や犠牲者などは不明だが、非常に不吉な予感がした。
このまま全員で医薬品を引き取りンガラに行く予定だったが、グレイスの提案で彼女とチャールズの二人がンガラに先行することになった。
この墜落事故により、ブルンディ国内の状況が悪化してブルンディからの難民が急増して患者も増える可能性に備えるためだ。自分とステイシーの二人が日本からの医薬品を受け取り、その後ンガラへと向かう。
明朝7時の朝食時に今後の打ち合わせをすることにして宴は突然お開きとなった。
部屋で横になり、ベッドサイドテーブルに置いた小型短波ラジオをつけ、BBCの午後11時の国際放送のニュースを聞く。
ダルエス・サラームで開催されていたルワンダ政府と反政府組織のRPFによる和平会議に出席して帰国途中だったルワンダとブルンディ両国の大統領ら一行を乗せたルワンダ大統領専用機がルワンダの首都、キガリ上空で何者かによって撃墜され、生存者は確認されていないという。そして、まだどこからも犯行声明は出ていないということだった。
ルワンダ内戦は和平交渉が行われ、内戦が解決に向かっているということはニュースで知っていた。その最中にルワンダの大統領だけでなく、既に多くの難民を出しているブルンディの大統領までも犠牲になるとは。
わが耳を疑う、というのはこういうことだと実感し、何とも言えない不安に包まれた。
両国の状況が一挙に悪化する可能性がある。そして、撃墜の犯人とその理由次第では両国が戦争になる可能性もあった。
日付は7日になっていたが、不安と興奮で寝付けなかった。
ナイロビ、ACES本部事務所前
この日の朝、陸路でタンザニアのキリマンジャロ空港に向けてナイロビを出発した。ドクター・タケオが送ってくれた日本から空輸された医薬品を引き取るためだった。
グレイスに、ステイシー、そして小児科医のチャールズと自分の4人は2台のランドクルーザー・ピックアップに分乗した。
キリマンジャロ空港ではンガラのアンワルが手配した運送業者のトラックと落ち合う手はずになっていた。今回は前回とは違う東寄りのナマンガという町で国境を越えてタンザニアに入国し、まだ十分日がある時間にアルーシャのホテルにチェックインした。
アルーシャはメルー山の麓にあり、サファリツアーの拠点として栄えている町で、多くの欧米人観光客を目にする。
天気も良く夕食には早かったので、近くのキリマンジャロ山が見られるところまで車で移動する。この前上空から見た姿と異なり、標高5,895メートルのアフリカ最高峰の四角い頂に白く光る雪を抱いたキリマンジャロ山がアフリカの大平原に横たわる姿は、まさにヘミングウェイが小説「キリマンジャロの雪」で描いた風景そのものだった。
ホテルでの夕食後、疲れたドライバーたちは部屋に引き上げ、残りの4人で、併設のバーで飲んでいた。この日見たキリマンジャロ山にちなんで山のイラストのあるラベルの同じ名前のビールを頼んだ。サファリラガーより軽くすっきりとした味わいだ。
初めて間近に見たキリマンジャロ山に少し興奮していたし、医薬品が日本から届くという安心感からビールが進んだ。
3本目を頼もうかと思った時、カウンターの電話が鳴り、受話器を持ったウェイターがわれわれに尋ねた。
「ACESの方ですか? ナイロビからお電話です」
グレイスがウェイターから受話器を受け取った。また医薬品の大量寄付でもあるのかと期待して横で彼女が話すのを聞いていた。
時計を見ると午後10時を過ぎていた。
「オーマイガッ! 何てこと!」
彼女の驚きの声が上がった。
数時間前、ルワンダのハビャリマナ大統領とブルンディのンタリャミラ大統領らが乗ったルワンダ大統領専用機がキガリ近郊で墜落したという報せを聞いた瞬間だった。
まだ事故の詳細や犠牲者などは不明だが、非常に不吉な予感がした。
このまま全員で医薬品を引き取りンガラに行く予定だったが、グレイスの提案で彼女とチャールズの二人がンガラに先行することになった。
この墜落事故により、ブルンディ国内の状況が悪化してブルンディからの難民が急増して患者も増える可能性に備えるためだ。自分とステイシーの二人が日本からの医薬品を受け取り、その後ンガラへと向かう。
明朝7時の朝食時に今後の打ち合わせをすることにして宴は突然お開きとなった。
部屋で横になり、ベッドサイドテーブルに置いた小型短波ラジオをつけ、BBCの午後11時の国際放送のニュースを聞く。
ダルエス・サラームで開催されていたルワンダ政府と反政府組織のRPFによる和平会議に出席して帰国途中だったルワンダとブルンディ両国の大統領ら一行を乗せたルワンダ大統領専用機がルワンダの首都、キガリ上空で何者かによって撃墜され、生存者は確認されていないという。そして、まだどこからも犯行声明は出ていないということだった。
ルワンダ内戦は和平交渉が行われ、内戦が解決に向かっているということはニュースで知っていた。その最中にルワンダの大統領だけでなく、既に多くの難民を出しているブルンディの大統領までも犠牲になるとは。
わが耳を疑う、というのはこういうことだと実感し、何とも言えない不安に包まれた。
両国の状況が一挙に悪化する可能性がある。そして、撃墜の犯人とその理由次第では両国が戦争になる可能性もあった。
日付は7日になっていたが、不安と興奮で寝付けなかった。