7.人道支援は免罪符なのか

文字数 3,112文字

1994年8月10日水曜日、午後10時30分
キガリ市内

 ギコンゴロで引き返し、キガリには夜遅くに戻った。
 家のゲートが開くと子犬たちが寄ってきた。ポールの話を聞いてから一層可愛く感じられ、首をしばらく撫でた。

 われわれを家に落とした後、アンワルは久しぶりに友人と会いたいと言って、そのまま車で出て行った。

 遅い夕食の後のミーティングでは、クロスボーダー・オペレーションを進めるための情報収集をしたチャールズとグレイスは幾つかの団体を訪れたが、まだタンザニアから事業を行う団体はないということで収穫はなかったという。

 ベンが、今日われわれがフランス軍保護地域で見たことをまとめた。
「ザイール側の町、ブカブの状況が分からないので明言は出来ないが、ゴマと同じになる可能性が非常に高い。ゴマの今の惨状からして、ザイール政府が難民支援を行えるとも思えない。国連を始め、援助団体も準備をする時間はない。これから何が起きるか明らかだ」 
 ベンはそう言ってそれぞれを見た。

「つまり、難民の流出を止められないばかりか、多くの犠牲者を生むということね」 
 グレイスが確認するように言った。
「ああ、残念ながらそういうことだ」 ベンがため息交じりに言った。

「それを確認するためにわざわざ出かけたわけだ」 チャールズが皮肉を込めた。
「まあ、そう取られても仕方ないな」 ベンが潔く合意する。

「そう悲観することもないわ。ルワンダ全体で起きている状況を理解することは、今後のためにも重要だわ」 と、ステイシーが指摘した。

「ま、物見遊山も少しは役立つということか」 チャールズが素っ気なく言った。
「そう皮肉ばかり言うなよ、チャールズ。すぐには役立たないかもしれないが、フツ人難民が取る行動の確認出来たということはプラスだ。グレイス、そうだろう?」   
 ベンがグレイスに助け船を求めた。

「私たちに出来ることが限られていますが、確かにそうです。旧政府の指導者は少しでも多くのフツ人住民に国境を越えさせて難民にして、出来た難民キャンプを支配して新政権に対抗しようというのが目的なのは明らかです」 グレイスが見事な分析をした。

「国境を超えさせて難民として国際法の保護を受けられるようにし、世界中からの同情と支援を受け続ける。難民の面倒を全て援助団体に任せ、その後は自分たちはずっと難民を暴力と恐怖で支配する以外、何もしなくていい。これは恐ろしいほど楽で効率の良い統治システムだ」 
 自分で言いつつ、難民キャンプの酷い実態にうんざりした。

「強硬派が支配し、それを利用する形で難民支援も行われている。強硬派が協力しなくなったら無実の難民も巻き添えを食う。完全な人質状態だ。だが、それを許しているのは国連に代表された欧米を中心とした国際社会だ」 チャールズが言う。

「国際的な人道支援で虐殺犯をお咎めなしで保護しているばかりか、彼らの勢力維持の片棒を担いでいる実態は本来の人道と矛盾しているわ。これは国際人道主義という理念を根底から破壊する深刻な事態だと思うわ」 ステイシーが言った。

「昨日、グレイスがいったように虐殺犯の首謀者とそうじゃない難民を分けるしかないと思うわ。もちろん、われわれのようなNGOにそんなことは出来ないから、国連とかが実力を行使するしかないわ。早く強硬派に支配された難民組織に代わる難民管理体制を作らないと、それこそ国際人道主義の矛盾で敗北だと思うわ」 
 ステイシーが強く言った。

「人道上、殺人犯を助けるのはまだしも、援助スタッフが少ないということで虐殺犯を無条件に援助活動に使うのはおかしい。正義や倫理が度外視されるほど人道支援は崇高か? 難民の支援ということで議論がどこかですり替わっていないか? あいつらは殺人を続けているし、奴らを使うことで力を維持させることになっている」 
 チャールズがまたも爆弾を破裂させた。ポールの激しい怒りの言葉と重なる。

「難しい問題だ。今のやり方は人道支援の理念そのものを破壊する自殺行為とも言える。世界中の人がこの実態を知ったら援助や寄付は止まるだろう。だがその結果、無実の難民が餓死する。それだけは避けたい」 ベンが苦しそうに言った。

「それじゃあ、どこかの国連機関みたいに可哀想なアフリカ人をいつものように全面に出して寄付を募り支援を続けるのか? それともジュノサイドを止められなかったので、代わりに虐殺犯もいる難民キャンプで一生懸命支援をしています、と正直に言えるか?」
 横で聞いていたポールが堪らずに言った。

「そもそも国際社会というものは欺瞞に満ちている。国際社会があるということも幻想だ。私はニューヨークの国連代表部に1975年から翌年までタンザニアは非常任理事国で手伝いに行ったが、第4次中東戦争の後始末と新加入国の決議ばかりだった。国際的に大問題だったベトナム戦争は全く取り上げられなかった。常任理事国のアメリカが徹底的に阻止したからな。国連なんぞ、そんなものだ」 
 ポールは常任理事国が持つ拒否権の問題を指摘した。

 アメリカ、イギリス、ソ連、中国、フランスの5か国は常任理事国として拒否権を持ち、国連安保理事会での決議を否決出来た。これは国連による紛争予防・解決機能を制限する元凶として批判されていた。言い換えれば、それは常任理事国が必ず紛争の陰にいるということでもあった。
 
 今回のルワンダにしても、PKO部隊が展開していながらジュノサイドを防止できなかったのは、フランスがハビャリマナ政権に肩入れし、何も出来なかったことが大きい。そして、国連決議でのフランス軍による保護地域での展開も、人命保護という名を騙ったフランスの権益保護が実態だ。
 ギコンゴロで見たザイールに向け、大挙して移動する無数の人々を前に大声で呼びかけるだけのフランス軍兵士の虚しい姿が思い出された。
  
「国際社会と言っても結局、国連安保理事会の常任理事国が全てを左右している。ルワンダ問題もそうだ。全常任理事国はジュノサイド条約に加盟し、即座に虐殺を阻止する義務があった。なのに、安保理事会でジュノサイドの報告がされても、無視した。軍事介入は犠牲を出し国益に反するからな」 ポールが厳しく指摘した。

 虐殺の最中に国連軍などが介入したらフツ人強硬派との間で大きな武力衝突になった可能性がある。アメリカなどはソマリアでの苦い経験の二の舞を避けたのだろう。

「ポール、俺は国際政治のことは分からないし、首も突っ込みたくない。だが、国連など国際社会が協力して真っ先にキャンプから強硬派を排除するべきだ。そうでないとまともな援助が出来ない」 ベンが言った。

「私もそう思います。本来国連と関連国が率先して責任を持って解決すべき問題をわれわれのような援助団体に資金を提供して押し付け、涼しい顔をしていることも問題です。援助団体とそのスタッフがそのツケを払わされるのはおかしな話ではありませんか?」 
 そう言ってグレイスがみなに問いかけた。

「所詮、俺たちは人道支援という名の免罪符さ。俺たちが人道、人道と言って支援していれば喜んで資金をくれる。問題を起こした主要国の責任は問われないからな」 
 チャールズが皮肉を込めて言った。

 チャールズの言葉は正鵠を射ていた。逆をいえばわれわれも人道危機と叫んで主要国を中心とした国際社会の抱えた負い目をダシにしていないか。もちろん、彼らに後ろ暗いところがあるからだが、ある意味共犯関係が成立しているとも言えない。

 そう考えると所詮、全ては人道という名の下の偽善行為なのだろうか。
  大きな虚しさに包まれた。
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