11. 早朝の強盗

文字数 2,674文字

1994年3月14日月曜日、午前7時
ナイロビ、ACES本部事務所前

 月曜日の夜明けとともにタンザニア国境に向けて事務所を出発した。
 ジョセフを乗せたマイケル運転のピックアップを先頭に運送会社のいすゞの大型トラック、それを挟んで自分とステイシーはモーゼス運転のランドクルーザーのステーションワゴンに分乗して続いた。

 医薬品を載せた小さなコンボイはひんやりとした朝の風の中を走っていく。
 最初の目的地はナイロビから南に約300キロの国境町のボロゴンジャだった。そこまでは5時間少々の順調な旅だった。
 しかし、国境では通関待ちのトラックが列をなし、それに付け込んだ税関職員から書類の点検や医薬品の検査を職員が行うたび、判を押したように現地で「チャイ、お茶」と呼ばれる少額のわいろをせびるタンザニアの役人の腐敗ぶりには閉口を超えて笑うしかなかった。

 それ以上に気を付けなければならなかったのが強盗だった。大量の医薬品は格好の標的だ。怪しい車が尾行していないか注意しながら道を急いだ。

 タンザニアからの道は世界的にサファリで有名なセレンゲティ国立公園を通過する。ケニアには外国人観光客向けのロッジなど観光設備がよく整備されていたが、タンザニアはそうした設備が十分ではないものの、動物の数は圧倒的に多く、野生動物好きにはたまらないようだった。
 幹線道路と国立公園の境などなく、キリンやシマウマなどの野生動物を走行中の車から見られるのはタンザニアならではの体験だろう。

 アフリカ最大のビクトリア湖の南岸にある町、ムワンザのホテルに着いたのは深夜近かった。チェックインを素早く済ませ、男女別々に取った部屋のベッドに横たわると同時に深い眠りに落ちた。
 トラックは少し離れたホテル裏の駐車場に停め、運転手三人は防犯のためそれぞれが運転台で寝るというので積み荷をそのままにした。

 だが、それが間違いだった。

「ジョゼフ! ジョゼフ!」 誰かが大声で部屋の扉を叩いた。時間を見ると午前6時前だ。
「一体、どうした?」 そう言ってジョセフが扉を開けた。
「ローリー、トラック強盗だ!」 
 モーゼスが立っていた。後ろのトラックの運転手は震えている。その頭からは一筋血が流れている。左頬には殴られたような腫れが見えた。

 トラックの運転手がスワヒリ語で説明し出した。ジョセフが英語に訳すのを待ちながら彼の傷を診る。幸い、頭の傷は浅く縫合しなくてもよさそうだ。

 ジョセフによると、運転台に寝ていたトラックの運転手を何者かが襲い、抵抗する彼は何かで殴られた。他の車両で寝ていた二人は抵抗せず、手足を縛られてさるぐつわをされ荷台に放置されたが、さっきやっと自力で自由になったらしい。
 強盗はトラックの荷物を別のトラックに移し逃走したという。

 幸い、ACESのピックアップのマイケルとステーションワゴンを運転していたモーゼスは無事だった。こういう時は余計な抵抗をしない方が得策だ。トラックごと盗まなかったのは車体に大きくケニアの運送会社のロゴがあり、盗んでもケニアナンバーの車両では簡単に警察に見つかるからだろう、というのがモーゼスの見立てだった。

 裏の駐車場では辺り一面に壊れた段ボールが散乱し、薬が色とりどりのおはじきのようにアスファルトを覆っていた。買い集めた医薬品が一瞬にして消えた。しかも、値段の高い輸液のようなものを選んで持ち去り、包帯のような安価なものは手付かずだった。
 計画性を感じた。強盗はわれわれがナイロビで医薬品を大量に購入し、輸送していることをどこかで知ったのだろう。長期の債務危機で輸入が制限されているタンザニアで医薬品は貴重品だ。それをトラック一杯にしてケニアから運んできたのだから、まさにカモ葱もいいところだ。

『やられた……』 と、思ったがどうにもならない。幸い大怪我はなく、盗まれたのが医薬品のため病気の誰かを助けるのは同じと、気を持ち直そうとする。だが、キャンプで苦しむブルンディ難民の姿が目に浮かび怒りが湧いてくる。

 呆然としていると、その間を縫うようにステイシーがビデオカメラで惨状を撮影し始めた。
「ステイシー、何してるの!?」 
 彼女の行動が理解出来なかった。保険請求の証拠にでもしようとしているのか。そもそも、積み荷に保険を掛ける余裕はなかったはずだ。
「いいことを思いついたの。これをニュースにして寄付を募るのよ」 
 そう言うと散乱した箱の周りを巡りながらビデオを撮っていた。

 今さっき、2万ドル分以上の医薬品を強奪された団体に、一体誰が寄付するというのだろう? 彼女のおめでたさに呆れる。
「アフリカのNGOが難民支援用の薬を強盗に遭い盗まれて困っていると知り、助けない人がこの世界にいないはずはないわ!」 
 そうステイシーは断言して自分の気持ちを尻目に地面に散らばる薬にズームした。

『なるほど、そういう考えもあるか』 と、切り替えてジョセフと散乱した薬を拾った。

 次にステイシーは白い包帯を頭に巻いた運転手を撮影し始めた。この広報担当は何でも宣伝材料にするらしい。モーゼスが横で笑いを噛み殺しながら見ていたが、それを見てこちらも笑ってしまった。
 腕時計を見ると午前8時を過ぎていた。ナイロビの事務所に連絡する時間だ。ベンのがっかりする顔が浮かんだ。

 ロビーの電話でジョセフがベンと話し始めたのを横で聞いていた。
「ジャンボ、ベン。ムワンザからです。言いにくいことがあるんだが……」 
 そう言うと今朝のいきさつを説明した。ジョセフの声が沈んでいる。

 ジョセフによると、ベンは運転手の怪我を気にかけていたが、命に別条がないなら、よしとしようと言う。ベンは物事を引きずらないようだ。
 今後はとりあえず残った薬を集め、ンガラまで運ぶという指示だった。さらに、薬の調達はケニアから国境を超えての物資調達は危険を伴うので、自分がダルエスに行き、今後はタンザニアの医薬品会社から直接購入出来ないか調べる、という指示だった。

「了解。ムワンザからの午後のフライトで向かうよ」 
 再び真夏のダルエス・サラームに戻ることになった。

 みなで残された薬を集めた後、それぞれが別の目的地に向かった。ジョセフとモーゼスはそのまま600キロ離れたンガラへ。ステイシーはビデオを持ってナイロビへとマイケルのピックアップと空になったトラックを伴い戻った。
 モーゼスにムワンザ空港まで送ってもらう途中、クミさんの墓参りをして花を代えた。この前に来た時、お墓に手向けた花はすっかり枯れていた。
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