13.ベナコ・キャンプでの暴動

文字数 1,818文字


    (ベナコ・キャンプのメインストリートを歩く難民たち、1994年11月)

1994年12月10日土曜日、午後4時
ルコレ・キャンプ

 日本のテレビクルーの到着はミキたちの団体での取材が長引き予定より遅れた。そして、なぜかベナコで不穏な雰囲気があるらしく、トラブルを避けるため遠回りを余儀なくされたという。

 土曜日の午後のクリニックは休診ということで患者も居らず、楽だったが根掘り葉掘りテレビカメラの前で聞かれるのは苦痛だった。
 いつもとは裏腹に急患が来てくれないか願った。

「岡田先生、お疲れ様でした。放送は年明けの特番の中の放送になると思います」 
 キャンプの取材で日焼けしたらしい、髪を茶色に染めた男性ディレクターが締めくくった。

「岡田先生、ありがとう。これから日赤のナースチームがいるドイツ赤十字病院での取材ですが、今日は故障で別の車両と運転手になったので、誰かに案内をお願い出来ませんか?」 
 ミキは自分への取材交渉といい、現地コーディネーターの役割を買って出ているようだ。

 自分がベナコ・キャンプのドイツ赤十字まで案内することにした。この日、モーゼスは体調が悪く休んでいたので、スタッフが交代で運転をしていた。

「私も行くわ」 それを横で聞いていたステイシーが言った。
「君まで行かなくていいと思うけど」 彼女に言った。
「赤十字の病院にアメリカ赤十字の知り合いのナースが先週から派遣されていて行こうと思ってたの」  
 ステイシーの他意のない言葉が返ってきた。
「なら、一緒に行こう」 気軽に言ったが、後で死ぬほど悔やむことになるとは思わなかった。

「それでは。協力ありがとうございました」 
 ディレクターが言うと、ミキとテレビクルーが青いランドクルーザーに乗り込んだ。   
 それを自分が運転するピックアップで先導する。クリニックにはベンとエリザベスが残った。

 運転しながら放送日は年明けと言ったディレクターの言葉を思い出した。あと2週間でクリスマス、そして新年だ。だが、毎日がアッという間に過ぎ、年の瀬という実感は全くない。

 ベナコ・キャンプが不穏だというので、高台から様子を伺うと、キャンプ外れのサッカー場に多数の若い男たちが集結していた。その集団が一斉に走り、土煙が上がるのが見えた。
 いつもの軍事教練にしては集団が大きく、様子が異なっていた。

「何か変だ」 横の助手席にいるステイシーに向かって言った。
「蜂の巣を突いたような様子とはこのことね」 彼女の比喩は的確だった。

 キャンプで何があったのだろうか、不安になったがキャンプ内の道を進む。

「ブレイク、ブレイク、オールステイションズ! 緊急事態、緊急事態、全局!」
「ベナコで暴動発生。全員、直ちにベナコから退避! 繰り返す……」 

「ベナコで暴動発生」 と、伝えた車載無線にドキッとした。6月に起きたガテテの連れ戻しを求めての暴動と重なったからだ。

 その後の無線からの情報では、暴動はベナコのメインストリートを中心にサッカー場など各地に広がっているという。大きな道を通って巻き込まれる危険は避けようと、ンガラの町に続く道路に交差する細い道を選んだ。
 キャンプ内では難民が薪用の木を伐採して運んだ際に踏み固めてあちこちに出来た道がつながっていてネットワーク化していた。

 無線は各団体の安否確認の呼び出しで溢れていたため運転席の窓から腕を出して、後に続くようミキとテレビクルーを乗せた後ろの青いランドクルーザーに合図をする。
 この状況では日本人ナースたちへの取材は中止だ。安全第一だった。
 
 だが、早くキャンプから出ようにもモーゼスのように道が細く入り組んでいた凸凹のキャンプ内の道の運転に慣れておらず、速度を上げられない。

 やっと見えたンガラに向かう幹線道路の手前には自然発生的に小さな市場のようなものが出来ている。人だかりが心配だったが、ここを抜けないとンガラには戻れない。

 スピード上げようとすると、われわれの車両を徐々に男たちが取り囲み出した。これまで何度も遭遇した人に飲み込まれる状態だ。

「プ、プーッ!」 大きなクラクションの音がした。
 後ろを確認すると青いランドクルーザーが男たちに囲まれていた。

『まずい、脱出だ!』 そう思ってアクセルをグッと踏み込んだのと同時だった。

「ピカッ」と、目の前に小さな閃光が見えた。

 そして、衝撃で体全体がシートに押さえ付けられ記憶が途切れた。
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