4.インド洋の港町

文字数 1,901文字

1993年8月3日火曜日、早朝
タンザニア、ダルエス・サラーム

 タンザニアの首都ダルエス・サラームにはタンザン鉄道で入った。現地名でTAZARAと呼ばれた中国の援助で建設されたザンビアの首都ルサカ北200キロの町、カピリ・ンポシから、ダルエス・サラームまでを結ぶ全長約1,900キロの鉄道だ。

 内陸国だったザンビアは、その反アパルトヘイト政策に反発する南アフリカから逆に経済制裁を受けていた。主要輸出品の銅鉱石を南アフリカ経由で輸出出来ず、タンザニアのダルエス・サラーム港まで鉄道が作られた。だが、メンテナンスに問題が多く運行状況はよくなかった。

 ダルエス・サラームまで国際急行なら通常3日間のものが、ザンビア内での架線トラブルにより何度も立ち往生し、汽車を乗り継いで倍の6日間かかった。とはいえ、急ぐ旅でもなく、車内では乗り合せた地元の学生たちに日本語を教えたり、技術支援を続けていた中国人鉄道技師と漢字での筆談などをしたりして過ごした。

 ただ、食堂車の食事があまりにも不味いのには閉口し、停車中に町まで食堂を探しに行った。それでも食べられるものといえば、やせ細った鶏の、肉のほとんどないフライドチキンに、ンシマと呼ばれるトウモロコシを餅状に練った、ケニアやタンザニアではウガリと呼ばれるものだけだった。それでも、ベッド兼用の座席しかない殺風景な二等車から出て外を歩くのは気分転換になった。

 タンザニアに入り、セルース動物保護区を通過した。本来なら多くの野生動物を見られというが、故障で運行が夜になり見ることが出来なかった。
 終着駅のダルエス・サラーム駅には早朝着いた。構内は天井が高くガラス窓を多用してモダンだが、味気ないのは共産主義国の中国の設計によるからだろうか。

 周辺に空いている店もなく、駅の外で客待ちしていたタクシーに乗り、安宿の多いダウンタウンに向かった。

 時計塔のある一角の安宿はビルの3階にあり、部屋に入りひと眠りした。6日間も硬い汽車の椅子兼ベッドに寝ていたので薄いマットレスでもよく寝られた。

 夕方遅く、涼しくなって近くのカリアコー市場を目指した。東部アフリカ随一の大きさを誇り、何でも売っているという市場は、もとはイギリス植民地時代にイギリス軍が輸送部隊、Carrier Corpsの本部を置いたことから名付けられた。「Carrier、キャリア」の通り、イギリス軍は馬やロバでなくアフリカ人に荷物を担がせた。その方が安く効率的だったからだ。

 第二次大戦中、アフリカ人部隊が各地の戦線に送られた。ビルマへも送られ、インパール作戦で侵攻してきた日本軍を相手に多数が戦死し、ビルマの首都ラングーン郊外にある英連邦の共同墓地に今も埋葬されている。 

 市場の周囲には多くの屋台が市場の客相手に並んでいた。その中に煙が立ち上り、美味しそうに焼けた串焼きが並んでいた。ムシカキと呼ばれる、スワヒリ語で肉片という意味の牛肉やマトンに下味をして焼き鳥のように炭で焼いたものは人気の食べ物だった。肉の大きさで竹串、自転車のスポーク、大きな金串と刺すものが変わった。
 ほどよく焼けたスポークに刺された串を数本選び、屋台のベンチに座って地元で人気のサファリラガーと一緒に流し込む。久しぶりの冷たいビールに生き返る気がした。

 宿に戻ると受付から電話をした。ビクトリア湖の南端にある町のムワンザで子供病院を運営しているクミさんと話したかった。

「ジャンボ、ムワンザ子供病院です」 英語で優しいクミさんの声がした。
「ジャンボ、岡田です」 日本語で返した。
「あら、岡田君突然ね。ミキさんから聞いたわよ。連絡があるかも、と言ってたわ」
 既に彼女から連絡が行っているようだった。

 クミさんとミキはかつて同じ病院で務めていたナースの先輩と後輩で、自分もその病院でインターンをしたのが知り合うきっかけだった。その後、クミさんの紹介で同じ援助団体のザンビアプロジェクトで勤務することになったのだ。

「今日、ダルエス・サラームに着きました。近々お邪魔してもいいですか」 
 単刀直入に聞いた。
「もちろんよ。でも、明後日から用事でそっちに行く予定なので、岡田君こそ良ければそっちで会わない?」 
 アフリカ最大の湖、ビクトリア湖も見てみたかったが、長いタンザン鉄道の旅で疲れていたので、彼女の提案を受け入れた。
「明後日、夜6時にキリマンジャロ・ホテル屋上のバーでいいかしら?」 
 もちろん、と言って電話を切った。
 
 その後二日間はアラビアの雰囲気が残るダルエス・サラーム市街と漁港を散策し、毎日のように魚介類を食べのんびり過ごした。

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