2.銃撃事件、その後

文字数 2,025文字

1994年12月15日木曜日、午前10時
ACESンガラ事務所

 無理せず、何かあればすぐに診せるという条件でドイツ人医師に退院させてもらった。とりあえず自分も医者のはしくれということで許可したのだろう。まだ左肩は固定され、不自由だったが大きな問題はなく生活出来た。
 とはいえ、オフロードの揺れは傷に良くないとキャンプへの往復は自重した。

 事件の後、ンガラの警察署での事件の事情聴取を受けた以外、ンガラ事務所での留守番は手持ち無沙汰で、探偵気取りではないが独自に事件について確認した。

 まず、ンガラの警察の捜査で、テレビクルーの使った車を貸し出したンガラで自動車修理工場を営むイサが逮捕され、同時に会社が取り潰された。

 テレビクルーの青いランドクルーザーは旧ルワンダ政府の車両で、旧政府のナンバープレートのままだった。随分前にRPF新政権はタンザニア政府に旧政府関係者が奪って逃げた旧政府の車両の回収と引き渡しを要請し、タンザニア政府は実行していたからキャンプ内の旧政府の車両は本来走っていないはずだった。
 
 大量の難民がやってきた4月の終わりから、キャンプ内をルワンダナンバーの車が走り、その多くがルワンダ政府ナンバーを付けていたが、その中の一台だったのだろう。
 
 問題の車はルスモの国境を車で越え逃げてきた旧政府関係者が随分と前にイサに売ったらしい。イサはほとぼりが冷めるまで待っていたが、急なレンタカーの注文に応じるため、一日なら大丈夫だろうと高をくくり、ナンバープレートも替えずに問題の車両を貸し出した。
 本来あるはずのない旧政府の車両でキャンプ内を巡ったために、RPFがやって来たと勘違いした難民たちがパニックを起こし暴動を引き起こした末に銃撃事件に至った、というのが警察の見立てだった。
 イサはもともとンガラで自動車修理工をしていたが、難民支援の援助関係者やメディア相手にレンタカーもはじめた。援助団体は1日1台運転手付きで150ドル、外国メディアは300ドルも取って荒稼ぎをした。
 ダルエス・サラームなどからすると法外な料金だが、ここまで持って来る手間などを考えると、ンガラで借りるのは便利だったし、却って安くつくというので人気だった。
 その利益で、イサはンガラの町で援助団体向けに貸事務所や宿舎にバーなども手広く経営して相当羽振りもよかった。
 当局への鼻薬もかなり効かせていたようだが、流石に今回の事件はもみ消すのは無理だったようだ。

 その一方で、銃撃犯についてはまだ何も分からないらしい。フツ人強硬派であろうがなかろうが、今のキャンプの状況で捜査を強行するのはフツ人強硬派の不満に火に油を注ぎ危険過ぎると、そのままにしていたようだ。
 そしてなぜ青いランドクルーザーではなく、NGOの自分が運転していたピックアップが銃撃されたのは謎だった。
  これまでキャンプでの治安が悪化しても、援助関係者に負傷者は出ていたが外国人スタッフの殺人事件にはならなかった。
 フツ人強硬派の犯行であるならば、銃撃の結果、多くのNGOが撤退する可能性もあり、キャンプでの援助が減るのは予想出来るはずだ。
 そうした微妙なバランスが保たれていた。だが、今回はその一線を完全に越えていた。

 これを期にキャンプでの従来のバランスを壊して乗っ取ろうとするルワンダ難民の中の新勢力なのか、それともRPFによる工作で、難民組織とわれわれ援助団体とを反目させることにより、キャンプでの援助を困難にさせ、暮らしを悪化させて難民の帰還に誘導させることも考えられた。
 捜査の進展が期待できないまま、却って謎は深まるばかりだった。

       ***

 警察署の駐車場に事件の証拠品として捜査終了まで保管されている銃撃されたピックアップを見せてもらった。
 没収された問題のイサの青いランドクルーザーと並んでいた。
 あの日気にも止めなかったが、確かにルワンダ政府のナンバープレートが車体に付いている。

 隣のピックアップを見ると、ウィンドスクリーンには二発の弾丸の跡があり、全体に蜘蛛の巣状にひびが入っていた。その形から運転席寄りが初弾だったようだ。
 運転していた自分が狙われたと直感し、胃がキリキリした。 
 さらにステイシーが座っていた助手席の周辺はダッシュボードも含め、全体がべったりと赤い血痕で染まっていた。
 手術記録にあった「失血死」の文字が脳裏に甦った。

        ***

 ルワンダへのクロスボーダー・オペレーションに関してはこの銃撃事件もあり、状況が落ち着くまで延期となった。余りにも衝撃的な事件だし、国連関係者も事件への事後対応で作業が止まったのも理由だ。

 誰しもアメリカ人女性が殺害されたことで、ルワンダ難民支援の大口ドナーであるアメリカ政府との外交問題にはしたくはなかったが、同じ理由で責任を取ることも避けていた。
 それは、まさに「臭い物に蓋をする」という状況だった。
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