29.栄養不良の子ども

文字数 991文字

1994年6月5日日曜日、午前10時
ルコレ・キャンプ

 キャンプに暮らす難民の健康状態を定期的にモニタリングするのは重要だった。特に脆弱な子供の栄養状態をチェックすることは支援活動が順調なのかどうかを確認する意味でも大切な指標だった。
「MUAC、上腕周囲長」という子供の上腕部の周囲と、腕の長さから筋肉量と脂肪の量を比べて栄養状態を調べるのが、その一般的な方法だった。
 5月に最初の検査をンガラの各キャンプ全体で行っており、二回目となる今回の結果で、栄養状態に問題ないかどうかが判明する。

 その結果は驚くべきものだった。ルワンダ難民の子供の一部に栄養失調に近い症状がみられたからだ。直ちに高カロリービスケットが配布されるとともに、ビタミン剤が処方された。

『食料が足りていない』

 この結果は他の団体と共有されたが、この衝撃的事実はどのキャンプも同じらしく、特にベナコでの状況が顕著だった。
 UNHCRは即座に食料供給をしていたタンザニア赤新月社と国連WFPに対して食料配布の増量を強く要請した。

 食料供給の苦労は大変だった。陸路でダルエス・サラーム港から毎日、約1,300キロはなれたンガラまで大量の食料を運ばなければならない。この前、日本から送られた医薬品をアルーシャから運んできたが、あの道の倍近い距離だった。

 雨季になれば道は酷くぬかるみ、貨物を満載したトラックがあちこちで立ち往生した。このため、食料配給の遅配はよく起き、怒った難民で暴動寸前の姿は日常茶飯事だった。

 ずっと定例会議では、常に十分な食料が搬入され、配布されているとの発表だったので疑問に思わなかったが、食料不足がそこまで酷いとは信じ難かった。
 長距離の輸送中に食料の抜き取り、転売など不正が行われている可能性もあった。

 この頃から難民による援助関係者への暴行事件や難民同士の暴力事件が頻発するようになり、緊張が一気に増した。安全措置としてキャンプの治安状況を表示する大きな看板が、K9と呼ばれるベナコから9キロ手前に設置された国際NGOの合同キャンプ事務所の入り口に立てられた。

 交通信号と同じで、赤、黄、緑によってベナコ・キャンプに入れるかどうかが決められた。赤は進入禁止・全員退避で、黄色が最低限のスタッフの立ち入りだった。
 赤が表示される日が次第に増えた。同時に、他のキャンプの状況も日に日に悪化していた。

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