27. ジュノサイド疑惑

文字数 958文字

1994年5月14日土曜日、午前8時
UNHCRンガラ事務所会議室

 UNHCRでの定例会議において、ルワンダ国内において今も続く大規模な武力衝突が、特定の民族を狙った虐殺である可能性が大きいと明らかにされた。現地の国連により調査中ではあるが、多数派のフツ人が少数派のツチ人を狙った民族大量虐殺、「ジェノサイド」の疑いがあるという。
 これが事実なら戦後の歴史に残る残虐な事件になる。ナチス・ドイツがユダヤ人をアウシュビッツなどで無差別に虐殺し、ユダヤ人そのものをこの世から完全に抹殺しようとしたホロコーストと同じことが起きているからだ。

 日本語では集団虐殺や集団殺害と的確な訳語がないジュノサイドだが、ギリシャ語の「種族」(genos)と「殺害」(cide)の合成語で、ユダヤ人ホロコーストから生まれた言葉だ。
 国連ジュノサイド条約はジュノサイドを国際法上の犯罪とし、加盟国に防止と介入、首謀者の処罰を規定している。
 
 ルワンダで起きている事態がジュノサイドとされれば、国連軍などが組織され一気に紛争が解決する可能性もある。

 ブルンディ経由で続々と逃げて来た怪我をしたルワンダ難民。ルワンダで虐殺が起きていることを裏付ける状況だった。一カ月ほど前にルスモの滝を流れて行った惨殺された無数の死体。それに、ルスモの国境を越えた大量の難民と、未だに続く難民の流入。
 あれは全てジェノサイドから逃れるためのものだったのだろう。

 そうすると、ここに逃れてきた難民は少数派で虐殺対象のツチ人のはずだが、実際はほとんどがフツ人だった。一方、ルコレ・キャンプに入ってきた初期のルワンダ難民の多くはツチ人で怪我をした難民も多く、虐殺を逃れてきたということになる。

 ジェノサイドから逃げるなら難民はツチ人のはずだが、タンザニアに逃れた難民のほぼ全員が虐殺の対象ではない、虐殺を行っている側のフツ人が難民だった。
 内戦による政府軍とRPFによる戦闘が全土で拡大し、激化しているとの情報はまだないが、どうして、フツ人が大量の難民となって国を出なければいけないのか。
 謎は深まるばかりだった。

 何か得体のしれない不気味なことがルワンダ内部で次々に起きているようだった。しかし、ここからは何も分からない。異様な空気がキャンプ全体を包み込んでいた。

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