10.ポールの分析 内戦の黒幕II – フランス

文字数 2,830文字

1994年11月26日土曜日、午後9時 
ダルエス・サラーム、キリマンジャロ・ホテル

「それに見逃せないのが、フランスのこの地域での野望だ」 
 ポールが続ける。

 ルワンダの独立後、フランスはベルギーに代わり緊密な関係を構築する。多数派のフツ人の台頭を支援し、影響力を拡大した。フランス語圏アフリカでの勢力の維持拡大と、英語圏アフリカで同じことを目論む英米を牽制するためだ。

 1980年代のフランスのミッテラン大統領と、その息子ジャンクリストフを含め、ハビャリマナ大統領とは家族ぐるみの緊密な関係にあった。撃墜された大統領専用機もフランスがパイロット共に供与していた。

 フランスのルワンダ支援は軍事援助が大きな柱をなした。1975年に軍事協力協定を結び、フランスから軍用ヘリコプター、装甲車、重火器類などを大量に購入する。さらに、フランスは軍事顧問団も派遣してルワンダ軍の訓練も行った。

 「顧問団」の名とは裏腹に、ハビャリマナ大統領の親衛隊的な存在として1992年、RPFの侵攻で首都キガリが陥落寸前の際、約700人の兵力の顧問団がこれを食い止める。また、虐殺の中心的役割をした強硬派民兵の訓練も行っていたという。

 これは戦後の欧米によるアフリカ新植民地主義の歴史そのものだ。英米とフランスの利害がルワンダ内戦という形で激突したとも解釈出来る。

 さらなる要因としてポールはルワンダの経済発展の遅れと経済危機、特にフツ人とツチ人の経済格差もあったとも指摘した。
 独立後の経済発展による人口急増は農地不足と食料不足を生み、土地を所有するツチ人へのフツ人の不満を募らせた。ルワンダの人口密度はアフリカ屈指の高さで、1平方キロ当たり約300人で、人口増加率も年3%と、人口圧力による土地問題が全土で起きていた。
 ルワンダは日本のように山地が多く、農地が限られている。日本の人口密度は1平方キロ当たりは約330人で、それとあまり変わらない相当の人口密集状態だ。ただ、人のいない状態をずっとルワンダ国内で見てきたので実感はなかった。

 さらに1990年内戦勃発後RPFは、インド洋へ通じる重要な輸送ルートがある北部のウガンダ国境地帯を支配した。ウガンダはそれに呼応するよう1990年から3年間、ルワンダとの国境を封鎖したのでコーヒーと紅茶の輸出が止まり、大きな打撃を受けた。
 キガリまでの街道沿いで見た放置され、枝葉が伸び放題だった茶畑はその結果だったと気付いた。

 こうして、ルワンダは1990年代に入り深刻な債務超過に陥る。コーヒーの国際価格が半分となる暴落と、ウガンダ経由で輸出が出来なくなったことも大きいが、フランスからの大量の武器購入も悪化させた原因だった。

 このため、世銀とIMFからの緊急融資と引き換えに構造調整を導入し、輸出拡大による外貨獲得で返済を行う。輸出は急増したが、ルワンダ・フラン安で酷いインフレが起きて多くの国民が窮乏した。
 輸出拡大の恩恵は農業が主のフツ人には還元されず、輸出や商業が主のツチ人に利益をもたらして両者に格差が広がる。
 構造調整による緊縮財政は社会保障費などの削減にもつながり、貧しい層が多いフツ人に、より大きな打撃を与えた。
 だが、経済危機での緊縮財政も軍事費は減らされるどころかRPFとの内戦が始まり増えた。内戦前の1990年、5,000人だったルワンダ軍の兵力は内戦後に急増し、1993年には3万人を超える。

 もともと、ルワンダは最貧国の一部に位置づけられ、人口の9割が貧困層にあるとされていた。子供の栄養失調の割合も3割を超え、国内各地では散発的に飢餓が発生していたという。内戦前のルワンダは既に経済的に崩壊していたとも言えた。

 経済政策の失敗による貧困と格差の拡大に疲弊するフツ人農村。ツチ人主体のRPFの侵攻もフツ人の危機意識を増幅させる。
 フツ人強硬派民兵の軍事組織化を進めながら、憎しみを煽るプロパガンダを大々的に行った。
 ツチ人に対するジュノサイドのお膳立てが確実に整って行った。

「フツ人とツチ人の民族対立ばかりに目が行くが、宗主国が植民地時代に作った問題に、戦後の欧米の新植民地主義の利害衝突が問題をより複雑にさせた。この小さな国をめちゃくちゃにし、経済危機が引き金を引いたということか」 と、ベンが言った。

「じゃあ、問題があっても、経済発展がうまくいけば何とかなるということ?」 
 ステイシーがビックリして聞いた。
「可能性はあるな。豊かになって食べることに困らなければ、多少の問題や矛盾があっても国民は納得するのではないか」 ポールが答えた。

「とは言え、根底に問題を抱えた国では独裁者など、おかしな指導者も多く、間違った経済政策を採って成功しないのが現実ではないか。ザイールではあれだけ地下資源に恵まれていながら老モブツのせいで国としては崩壊している。今回のルワンダ難民の流入による混乱はそれに拍車をかけ、この地域全体を巻き込む恐れがある」 と、ポールが不吉な予言をした。

「希望がないみたいで落ち込んできたわ」 グレイスがポツリと言った。
「ただ、この混乱から新しい秩序が生まれるかも知れない。時間もかかり難しいかもしれないが、私はそれに期待するがね」 と、ポールが少し前向きなことを言った。
 
 自分もポールの言葉を信じたかった。
 ただ、時間がかかるということはその間、犠牲者も出続けるということだろうか。
 ザイールで見た悲惨なルワンダ難民の姿が浮かんだ。

「まあ、難しい話はここまでにしてビールを頼もう」 
 湿った雰囲気を察したベンがそう言うと、居眠りしていたウェイターに声を掛けた。

 その後はビールを飲みながら当たり障りのない雑談がしばらく続いた。

「ポール、そう言えばキガリの子犬たちはどうしてます?」 あの二匹が気になった。
「二匹ともキガリの家の庭で元気に走り回ってるよ」 というポールの言葉にホッとした。
「今もアボカドは食べてます?」 冗談っぽく尋ねた。
「一生分食べたから今では見向きもしないよ。ハハハッ」 と、ポールが笑った。
 キガリの子犬たちには幸せに暮らして欲しかった。

 もっと話しをしたかったが、グレイスの素振りからそろそろ、というメッセージが伝わり、ベンがお開きを告げた。

「ポール、今夜は会えてよかった。色々興味深い話をありがとう」 ベンがそう言うとわれわれも謝意を告げ、家路についた。


 真新しい白いランドクルーザーを運転しながらグレイスの家に戻る道すがらポールが言ったことを反芻した。
『CIA、MI6、RPF、ムセヴェニ大統領、カガメ副大統領、モブツ大統領』 
 そうそうたる顔ぶれだ。
 これに大統領機の謎の撃墜事件、内戦、ジェノサイド、国連、難民に武装勢力も加わると本格的な国際ミステリー小説のようだ。それが今、目の前で起きている。
 ほんのエキストラだが、なんだか自分も参加しているような気になった。
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