13.ザンビア人産婦人科医、ドクター・ダニエル
文字数 2,027文字
1994年9月9日金曜日
ACESナイロビ本部事務所
少し見ない間に事務所は様変わりしていた。ンガラの事業の拡大とともに新しいスタッフが増えていた。事務所も拡張し、隣のうらぶれた弁護士事務所はACESの事務所になっていた。
「ジャンボ、ハバリ? みんな元気?」 大声で景気よく事務所に入った。
「ジャンボ、ミスタ!」 一斉に明るい返事が返ってきた。
事務所内部には医薬品をはじめ、教科書、筆記用具などキャンプの託児所で配る物のほか、服や靴などの寄付物資が入った段ボールが山となって積まれていた。
その中で、ふと開いていた段ボールの中を見ると、小さなテディベアが詰まっていた。送り主はアメリカ、コロラド州の幼稚園からで、ステイシー宛だった。
中のメッセージには「私たちの愛を子供たちに送ります」などと、あった。
彼女が子供の時に通っていた幼稚園からだろうか。
キャンプの子供たちに配れば喜ばれるだろう。食料や水など最低限の物さえ足りない状況のキャンプで、子供がおもちゃ、ぬいぐるみなどもらえる機会などほぼなかった。
二カ月ほど前、キャンプを上空から見た時に汚れたテディベアを持っていた女の子の兄をルスモ国境からベナコまで乗せたことを思い出した。
「ドクター・ケン!」 後ろから呼ばれて振り向くと見知った姿があった。
「ドクター・ダニエル!」 ザンビアのソルウェジの州立病院の産婦人科医だった。
「一体、なんでここに?」 ザンビアの奥地とケニアが結びつかなかった。
「以前、テレビニュースであなたの姿を見てね。その後ルワンダ難民がザンビアにも来てメヘバに連れて行った時に健康診断を担当したのがきっかけさ」
彼も医薬品が強奪されたときの映像を見たということだ。あれから、早くも半年が過ぎたのか。少し感慨深かかった。
「すぐに休職して参加しようとしたんだが、院長に代わりが来るまでダメだと止められてね。結局、見つけるのに半年近くかかったよ」 ダニエルが苦笑いした。
「それは大変だったね。来てくれてありがとう。助かるよ」
ルコレ・キャンプのクリニックでの貴重な戦力になることは間違いない。
その夜は、久しぶりの再会を祝していつものニャマ・チョマ店に出かけた。ビール飲み、牛肉の炭焼きを食べていると、彼がザンビアに着いたルワンダ難民のことを話しはじめた。
「彼らはブルンディに一度出て、首都ブジュンブラからタンガニーカ湖の国際フェリーに乗って、ザンビアに上陸して亡命希望をした」
ダニエルは温いタスカービールを飲みながら言った。
キガリからでも千キロ以上はある長旅だ。
「彼らは首都ルサカのUNHCRで難民登録など、手続きをしてからソルウェジの病院での検査後、メヘバにバスで送られた。そうしたらメヘバが田舎というより、何もないキャンプなので全員怒って降りるのを拒否したんだ。確かにみんな裕福そうな恰好をして、マダムらは毛皮のコートを着ていた。みんな両手にブランドのスーツケースを持っていたしね。それをいきなりテント暮らしをしろと言われてもね。無理な話さ」 ダニエルが少し同情を込めた。
「それでもメヘバはンガラのキャンプよりましだと思うよ」
そう言ったものの、キャンプでの強硬派による支配や混乱状態は、後でなぜ先に教えてくれなかった、と非難されるのを覚悟で話さなかった。
せっかくここまで来たのに、現地を見ずに帰国すると言い出しかねないからだ。半年もかけてここまで来たのだから、一度現地を見てから判断して欲しかった。
「ドクター・ケン、ところで君がいたクリニックのことは知ってる?」
ダニエルは何か事情を知っているようなことを言った。
「いつも金欠ということ以外は知らないよ」 ミキがンガラに派遣されていたことと関係あるのだろうか。
「資金難で閉鎖されたらしいよ。それより久しぶりに会ったんだ。もっとビールを頼もう!」
突然、話題を変えたのには釈然としなかったが、無理強いはしなかった。
あのクリニックは閉鎖されたのか。それで、ミキはルワンダ難民支援に来たというのか。彼女は何も言わなかったが、どおりで給水事業とは関係ないナースが携わっているわけだ。
「ナオンバ・ビアバリディ!」
通りかかったウェイターに呼びかけたが、やはりダニエルは温いビールを希望した。
「ところで、ドクター・ダニエル。前から聞きたかったんだけど、その傷はどうしたの?」
ビールの酔いの勢いに任せて聞いてみた。
「この傷か?」 ダニエルは頭の傷を撫でた。
「うん」 そう言って頷いた。
「変な噂もあるが、若気の至りというやつさ。南アで革命ごっこをした時の傷だ」
ダニエルはそう言ってアパルトヘイト時代の南アにANCの義勇兵として渡り、ジャングルの戦闘で怪我を負ったことを話した。
聞いていた男女関係が原因ではなかった。
「まあ、今度は平和的な義勇兵さ!」
アハハ、とダニエルは笑って彼は温いビールをグッとあおった。
ACESナイロビ本部事務所
少し見ない間に事務所は様変わりしていた。ンガラの事業の拡大とともに新しいスタッフが増えていた。事務所も拡張し、隣のうらぶれた弁護士事務所はACESの事務所になっていた。
「ジャンボ、ハバリ? みんな元気?」 大声で景気よく事務所に入った。
「ジャンボ、ミスタ!」 一斉に明るい返事が返ってきた。
事務所内部には医薬品をはじめ、教科書、筆記用具などキャンプの託児所で配る物のほか、服や靴などの寄付物資が入った段ボールが山となって積まれていた。
その中で、ふと開いていた段ボールの中を見ると、小さなテディベアが詰まっていた。送り主はアメリカ、コロラド州の幼稚園からで、ステイシー宛だった。
中のメッセージには「私たちの愛を子供たちに送ります」などと、あった。
彼女が子供の時に通っていた幼稚園からだろうか。
キャンプの子供たちに配れば喜ばれるだろう。食料や水など最低限の物さえ足りない状況のキャンプで、子供がおもちゃ、ぬいぐるみなどもらえる機会などほぼなかった。
二カ月ほど前、キャンプを上空から見た時に汚れたテディベアを持っていた女の子の兄をルスモ国境からベナコまで乗せたことを思い出した。
「ドクター・ケン!」 後ろから呼ばれて振り向くと見知った姿があった。
「ドクター・ダニエル!」 ザンビアのソルウェジの州立病院の産婦人科医だった。
「一体、なんでここに?」 ザンビアの奥地とケニアが結びつかなかった。
「以前、テレビニュースであなたの姿を見てね。その後ルワンダ難民がザンビアにも来てメヘバに連れて行った時に健康診断を担当したのがきっかけさ」
彼も医薬品が強奪されたときの映像を見たということだ。あれから、早くも半年が過ぎたのか。少し感慨深かかった。
「すぐに休職して参加しようとしたんだが、院長に代わりが来るまでダメだと止められてね。結局、見つけるのに半年近くかかったよ」 ダニエルが苦笑いした。
「それは大変だったね。来てくれてありがとう。助かるよ」
ルコレ・キャンプのクリニックでの貴重な戦力になることは間違いない。
その夜は、久しぶりの再会を祝していつものニャマ・チョマ店に出かけた。ビール飲み、牛肉の炭焼きを食べていると、彼がザンビアに着いたルワンダ難民のことを話しはじめた。
「彼らはブルンディに一度出て、首都ブジュンブラからタンガニーカ湖の国際フェリーに乗って、ザンビアに上陸して亡命希望をした」
ダニエルは温いタスカービールを飲みながら言った。
キガリからでも千キロ以上はある長旅だ。
「彼らは首都ルサカのUNHCRで難民登録など、手続きをしてからソルウェジの病院での検査後、メヘバにバスで送られた。そうしたらメヘバが田舎というより、何もないキャンプなので全員怒って降りるのを拒否したんだ。確かにみんな裕福そうな恰好をして、マダムらは毛皮のコートを着ていた。みんな両手にブランドのスーツケースを持っていたしね。それをいきなりテント暮らしをしろと言われてもね。無理な話さ」 ダニエルが少し同情を込めた。
「それでもメヘバはンガラのキャンプよりましだと思うよ」
そう言ったものの、キャンプでの強硬派による支配や混乱状態は、後でなぜ先に教えてくれなかった、と非難されるのを覚悟で話さなかった。
せっかくここまで来たのに、現地を見ずに帰国すると言い出しかねないからだ。半年もかけてここまで来たのだから、一度現地を見てから判断して欲しかった。
「ドクター・ケン、ところで君がいたクリニックのことは知ってる?」
ダニエルは何か事情を知っているようなことを言った。
「いつも金欠ということ以外は知らないよ」 ミキがンガラに派遣されていたことと関係あるのだろうか。
「資金難で閉鎖されたらしいよ。それより久しぶりに会ったんだ。もっとビールを頼もう!」
突然、話題を変えたのには釈然としなかったが、無理強いはしなかった。
あのクリニックは閉鎖されたのか。それで、ミキはルワンダ難民支援に来たというのか。彼女は何も言わなかったが、どおりで給水事業とは関係ないナースが携わっているわけだ。
「ナオンバ・ビアバリディ!」
通りかかったウェイターに呼びかけたが、やはりダニエルは温いビールを希望した。
「ところで、ドクター・ダニエル。前から聞きたかったんだけど、その傷はどうしたの?」
ビールの酔いの勢いに任せて聞いてみた。
「この傷か?」 ダニエルは頭の傷を撫でた。
「うん」 そう言って頷いた。
「変な噂もあるが、若気の至りというやつさ。南アで革命ごっこをした時の傷だ」
ダニエルはそう言ってアパルトヘイト時代の南アにANCの義勇兵として渡り、ジャングルの戦闘で怪我を負ったことを話した。
聞いていた男女関係が原因ではなかった。
「まあ、今度は平和的な義勇兵さ!」
アハハ、とダニエルは笑って彼は温いビールをグッとあおった。