35.ナイロビ・ホテル爆破事件
文字数 4,085文字
1980年12月31日水曜日、午後9時
ナイロビ、国立ナイロビ大学キャンパス
ベンは大晦日の夕方から、大学のキャンパスで級友数人と飲んでいた。クリスマスと正月休暇で多くの学生は田舎に帰っていたが、彼は村長の出す奨学金で学費がかからないとはいえ、医学部一年目で帰郷する余裕はなかった。
それに、多くの甥と姪たちへの土産代もばかにならず、それを担いで丸一日すし詰めのバスに揺られて帰りたいとまでは思わなかった。
同じような級友らとビールを買い込み飲みながら年を越すことにした。キャンパスの庭にゴザを敷いて夜のピクニック気分でお気に入りのホワイトキャップ・ビールを、つまみもなくちびちび飲んだ。
火照った頬に夜風が心地よかった。
飲み始めてどれほど経っただろう、近くのノーフォークホテルから大きな爆発音がした。
ガス爆発事故だろうか、やがて黒煙が上がり驚いた。間もなく現場周辺は救急に消防隊、警察の車両などで埋め尽くされ、一帯は騒然とした。
これはホテルの新年のパーティー会場を狙ったケニア独立後初めて起きた大規模爆弾テロ事件だった。外国人観光客も含め、死傷者100人以上を出す大惨事となった。
直ちにナイロビ大の医学部生が応援に駆り出された。
その現場で彼らが見たのは想像を絶する惨事だった。爆発でバラバラになった死体が崩れ落ちたホテルの瓦礫と混じり散乱し、辺り一面に飛び散っていた。べったりとした血が壁一面にどす黒い模様を描いていた。
茫然とした怪我人や血だらけになりながら狂ったように瓦礫の中から家族を探す人、埃にまみれただ茫然とする怪我人たちは、生き地獄そのものだった。
医学部生といってもベン達、入学したばかりの彼らは設営された救護所での手伝いがせいぜいだったが、夜通し働き続けた。一段落すると休憩と仮眠を取るため一旦、寮に引き上げることとなり昼に再集合となった。
『こんなことになるなら、無理してでも村に帰っておけばよかった』 と、ベンはひどく落胆し、後悔した。
昼に再集合すると、サンドイッチなどの軽食が配られ、食べてから即、作業が始まった。ベンたち最下級生は大きなビニール袋を二つ渡され、遺体の回収作業を命じられた。一つは身元の特定につながる頭部や手などの部分遺体を入れるもの、もう一つはそれ以外の遺体を回収するためのものだ。
彼らによって集められたビニール袋の中身は法医学教室の上級生らが検死のために分類した。
現場で誰もが食べた物をその場で吐いた。ベンも例外ではなかった。
ベンは遺体を回収しながら『これが医学とどう関係ある』という怒りか、虚しさなのか、やるせない気持ちになった。
この事件からしばらくして、ベンは医師になることを無意味に感じ始めた。遂に、このまま医学部を辞めようかとまで思い悩む。
そんな時、ドクター・タケオに再会する。
会うのはベンがまだ小さかった時に竹尾医師が彼の村を訪れて以来だった。
竹尾医師は日本の大学病院を定年退官し、昨年からナイロビ大学でスワヒリ語を勉強する傍ら、医学部でも教えていた。
ある日彼の授業の後、浮かない顔をしているベンを見て察したのだろう、竹尾医師はビールを飲みに彼を誘った。
竹尾医師はしばらくベンが肉類、特にニャマ・チョマを食べる気がしないと思い、週末に大学近くのバーで会うことを提案した。
***
「ムワンギ君、この前の事件は大変だったようだね。ご苦労様でした」
竹尾医師はバーの椅子に座ったベンを労った。
「いえ。何の役にも立てませんでした……」 力なくベンが答えた。
「そんなことはない。一年生でよくやったよ。それに、あれだけの事件だ。誰もがショックを受けて当然だ。学部長が相当気にしていたよ」 と、竹尾医師が慰めるように言った。
「そうですか。でも、私は大丈夫です。ご懸念には及びません」 ベンが力なく言った。
「君といい、君のお祖父さんといい、ムワンギ家は誰も嘘をつくのが下手だな。すぐ顔に出る。ハハハッ」 と、竹尾医師が笑ったが、ベンは何のことか分からず、あっ気に取られた。
この時代、まだ災害や事故などに携わった医療従事者や救助活動従事者への心のケアはなく、苦しんだり弱音を吐いたりすることは、単に職業意識に欠ける弱音としてタブー視されていた。
「まあ、いい。とりあえず飲もう。つまみはチップスでいいかい?」
そう言うと、竹尾医師はウェイターに自分用に冷たいビールとベンには室温のビール、そしてイギリス風の厚切りフライドポテトを頼んだ。
「ムワンギ君、あの時のことを話してくれないか。辛いのは分かるが、医師として興味がある」
一本目のビンが空になるのを待っていたかのように竹尾医師が話し出した。
「そうですか。ドクターのような経験豊富な方に話してもつまらないかも知れませんが。私の話でよかったら。それと、ムワンギ君でなく、ベンと呼んで下さい」
ベンはそう言って大晦日に起きたホテル爆破事件の話をし始めた。
その後、医師になることが無意味に思えてきたことなど、葛藤する心情をゆっくり竹尾医師に吐露した。
「ベン君、話してくれてありがとう。さぞ辛かったんだね」 竹尾医師は優しく言った。
「ドクター、こちらこそすみません。自分のどうでもいい話なんか聞いてもらって」
ベンが神妙に言った。
「そんなことはないさ。大事なことだ。次は少し私の話を聞いてもらえるかな」
彼はそう言うと、2本目になったビールを一口含み、ゆっくり語り始めた。
「医者は病気や怪我の患者を治す時、患者は生きているし、生かそうと努力する。それでも、報われない時もある。だが、それは無駄でも最後でもなく、次に生かされるべきものだ。そう思わんか」
竹尾医師はベンをじっと見つめた。
「でも全部、遺体でした……」 しばらくしてベンが力なく言った。
「同じだ。人は死ぬ時、大抵の場合最後に触れるのが医者だ。だからこそ彼らの尊厳を尊重するように接するべきだ。君はそうしていたかい? 人間はいつか死ぬ。治療が及ばないことも間々ある。死んだら後はどうでもいいというわけじゃない。病気だろうが事故だろうが、部分遺体だろうが同じだよ。遺体はただの肉塊じゃない、動かなくなっただけだ。だから生きていると時と同じように敬意を払い大切にするべきだ。どのような遺体であろうとも」
竹尾医師はそう言うと、さらに続けた。
「君はまだ若い。医者になれば多くの死と直面するだろう。その数は一日、一日と増えていく。君はその度に苦しみ、悩むだろう。辛いがそれでいいんだ。それだけ命は重いからだ。そして自問しなさい。『患者のために全力を尽くしたか。最善を尽くしたか』と」
竹尾医師はそう言ってビールを一口含んだ。
「ドクター、多くの死と仰いましたが怖くないですか?」 ベンが真剣な顔で聞いた。
「怖いことなどあるものか。亡くなった人のことは全部覚えている。たまに夢にも出る。その時はよく来てくれたと歓迎する。彼らはずっと私の心の中で生きている。私がこの世で彼らに出来るせめてものことだ」 そう言うと、竹尾医師は自らの過去を思い返すかのように目を閉じた。
「先の戦争では敵味方多くの人が死に、若者が将来を奪われた。君のお祖父さんと私はそれをビルマで嫌というほど見た。ずっとあれから私は後悔の中で生きている。だが、希望は持っとる。君のような若者たちにな。われわれの過ちから学んで世界を変えてくれると。平和な世界にしてくれると。彼らの死を無駄にしないためにも、それが亡くなった人たちに私が出来るせめてもの供養だ」 じっと、竹尾医師はベンを見つめた。
「お祖父さんを失望させるな。この国の人のため、アフリカの人のために働きなさい。言っておくが、国家のためではない。人のためだ。君なら出来る。だからここにいるんだ」 そっと竹尾医師はベンの肩に手を置いた。
「ありがとうございます。何だか自分の悩んでいたことがひどく小さなものに思え、恥ずかしくなりました」 ベンはこれまでの曇った気分が突如晴れ上がるのを感じた。
ベンの話に驚く一方、ずっと自分は何を悩んでいたのか情けなくなった。ベンの偉大さを実感すると同時に、そこに至るまでの彼が経験した苦しみや悲しみに思いを馳せた。そして、竹尾医師にも。
「ベン、ありがとう。自分の小ささを痛感するだけだけど」 俯いて言った。
「そんなことはない。ドクター・タケオが言うようにわれわれが希望となって世界を変える。そのために不可欠なプロセス、通過儀礼だと思えないか?」 ベンが言った。
ベンには全てお見通しなのだろう、インターン時代の事故やリンダのことなど話さなくても。
「不可欠なプロセス。いつか抜けることが出来るかもしれないが、それまでは辛いだろうな」 ベンの言葉が何となく理解出来た。
「そうだ。それにこの世界には無駄なことはない。人生もそうだ。失敗を含め、全てから学び、前に向かう。俺はここから逃げない。俺はずっとアフリカと共に生きる」 ベンが強く言った。
ベンの力強い言葉に自分も勇気づけられた。この男ならアフリカを変え、世界を変えられるだろう。
「ベン、自分も微力ながら役に立てれば嬉しいよ」 ベンと一緒に働こうと決意した。
「日本のブラザー、ありがとう。そう言ってくれるとありがたい」
ベンの大きな手が伸び、力強い握手を交わした。
『アフリカの水を飲んだ者は、またアフリカに戻る』という、クミさんの言葉を思い出し、なぜかリンダが微笑んでいる感じがした。
その後22日、国連安保理はルワンダでの住民保護と人道支援のためにフランス軍を派遣し、ルワンダ南西部に「保護地域」を設定する決議をした。この地域の治安がその後の国連平和維持軍の展開で回復・維持されるまで駐留するという。
ルワンダ政府軍、RPF、そしてフランス軍の三つの勢力が、ルワンダ北西部、東部、南西部と分割するように対峙した。その中、RPFは首都キガリを掌握し、政府軍地域への攻勢を進めていた。
ナイロビ、国立ナイロビ大学キャンパス
ベンは大晦日の夕方から、大学のキャンパスで級友数人と飲んでいた。クリスマスと正月休暇で多くの学生は田舎に帰っていたが、彼は村長の出す奨学金で学費がかからないとはいえ、医学部一年目で帰郷する余裕はなかった。
それに、多くの甥と姪たちへの土産代もばかにならず、それを担いで丸一日すし詰めのバスに揺られて帰りたいとまでは思わなかった。
同じような級友らとビールを買い込み飲みながら年を越すことにした。キャンパスの庭にゴザを敷いて夜のピクニック気分でお気に入りのホワイトキャップ・ビールを、つまみもなくちびちび飲んだ。
火照った頬に夜風が心地よかった。
飲み始めてどれほど経っただろう、近くのノーフォークホテルから大きな爆発音がした。
ガス爆発事故だろうか、やがて黒煙が上がり驚いた。間もなく現場周辺は救急に消防隊、警察の車両などで埋め尽くされ、一帯は騒然とした。
これはホテルの新年のパーティー会場を狙ったケニア独立後初めて起きた大規模爆弾テロ事件だった。外国人観光客も含め、死傷者100人以上を出す大惨事となった。
直ちにナイロビ大の医学部生が応援に駆り出された。
その現場で彼らが見たのは想像を絶する惨事だった。爆発でバラバラになった死体が崩れ落ちたホテルの瓦礫と混じり散乱し、辺り一面に飛び散っていた。べったりとした血が壁一面にどす黒い模様を描いていた。
茫然とした怪我人や血だらけになりながら狂ったように瓦礫の中から家族を探す人、埃にまみれただ茫然とする怪我人たちは、生き地獄そのものだった。
医学部生といってもベン達、入学したばかりの彼らは設営された救護所での手伝いがせいぜいだったが、夜通し働き続けた。一段落すると休憩と仮眠を取るため一旦、寮に引き上げることとなり昼に再集合となった。
『こんなことになるなら、無理してでも村に帰っておけばよかった』 と、ベンはひどく落胆し、後悔した。
昼に再集合すると、サンドイッチなどの軽食が配られ、食べてから即、作業が始まった。ベンたち最下級生は大きなビニール袋を二つ渡され、遺体の回収作業を命じられた。一つは身元の特定につながる頭部や手などの部分遺体を入れるもの、もう一つはそれ以外の遺体を回収するためのものだ。
彼らによって集められたビニール袋の中身は法医学教室の上級生らが検死のために分類した。
現場で誰もが食べた物をその場で吐いた。ベンも例外ではなかった。
ベンは遺体を回収しながら『これが医学とどう関係ある』という怒りか、虚しさなのか、やるせない気持ちになった。
この事件からしばらくして、ベンは医師になることを無意味に感じ始めた。遂に、このまま医学部を辞めようかとまで思い悩む。
そんな時、ドクター・タケオに再会する。
会うのはベンがまだ小さかった時に竹尾医師が彼の村を訪れて以来だった。
竹尾医師は日本の大学病院を定年退官し、昨年からナイロビ大学でスワヒリ語を勉強する傍ら、医学部でも教えていた。
ある日彼の授業の後、浮かない顔をしているベンを見て察したのだろう、竹尾医師はビールを飲みに彼を誘った。
竹尾医師はしばらくベンが肉類、特にニャマ・チョマを食べる気がしないと思い、週末に大学近くのバーで会うことを提案した。
***
「ムワンギ君、この前の事件は大変だったようだね。ご苦労様でした」
竹尾医師はバーの椅子に座ったベンを労った。
「いえ。何の役にも立てませんでした……」 力なくベンが答えた。
「そんなことはない。一年生でよくやったよ。それに、あれだけの事件だ。誰もがショックを受けて当然だ。学部長が相当気にしていたよ」 と、竹尾医師が慰めるように言った。
「そうですか。でも、私は大丈夫です。ご懸念には及びません」 ベンが力なく言った。
「君といい、君のお祖父さんといい、ムワンギ家は誰も嘘をつくのが下手だな。すぐ顔に出る。ハハハッ」 と、竹尾医師が笑ったが、ベンは何のことか分からず、あっ気に取られた。
この時代、まだ災害や事故などに携わった医療従事者や救助活動従事者への心のケアはなく、苦しんだり弱音を吐いたりすることは、単に職業意識に欠ける弱音としてタブー視されていた。
「まあ、いい。とりあえず飲もう。つまみはチップスでいいかい?」
そう言うと、竹尾医師はウェイターに自分用に冷たいビールとベンには室温のビール、そしてイギリス風の厚切りフライドポテトを頼んだ。
「ムワンギ君、あの時のことを話してくれないか。辛いのは分かるが、医師として興味がある」
一本目のビンが空になるのを待っていたかのように竹尾医師が話し出した。
「そうですか。ドクターのような経験豊富な方に話してもつまらないかも知れませんが。私の話でよかったら。それと、ムワンギ君でなく、ベンと呼んで下さい」
ベンはそう言って大晦日に起きたホテル爆破事件の話をし始めた。
その後、医師になることが無意味に思えてきたことなど、葛藤する心情をゆっくり竹尾医師に吐露した。
「ベン君、話してくれてありがとう。さぞ辛かったんだね」 竹尾医師は優しく言った。
「ドクター、こちらこそすみません。自分のどうでもいい話なんか聞いてもらって」
ベンが神妙に言った。
「そんなことはないさ。大事なことだ。次は少し私の話を聞いてもらえるかな」
彼はそう言うと、2本目になったビールを一口含み、ゆっくり語り始めた。
「医者は病気や怪我の患者を治す時、患者は生きているし、生かそうと努力する。それでも、報われない時もある。だが、それは無駄でも最後でもなく、次に生かされるべきものだ。そう思わんか」
竹尾医師はベンをじっと見つめた。
「でも全部、遺体でした……」 しばらくしてベンが力なく言った。
「同じだ。人は死ぬ時、大抵の場合最後に触れるのが医者だ。だからこそ彼らの尊厳を尊重するように接するべきだ。君はそうしていたかい? 人間はいつか死ぬ。治療が及ばないことも間々ある。死んだら後はどうでもいいというわけじゃない。病気だろうが事故だろうが、部分遺体だろうが同じだよ。遺体はただの肉塊じゃない、動かなくなっただけだ。だから生きていると時と同じように敬意を払い大切にするべきだ。どのような遺体であろうとも」
竹尾医師はそう言うと、さらに続けた。
「君はまだ若い。医者になれば多くの死と直面するだろう。その数は一日、一日と増えていく。君はその度に苦しみ、悩むだろう。辛いがそれでいいんだ。それだけ命は重いからだ。そして自問しなさい。『患者のために全力を尽くしたか。最善を尽くしたか』と」
竹尾医師はそう言ってビールを一口含んだ。
「ドクター、多くの死と仰いましたが怖くないですか?」 ベンが真剣な顔で聞いた。
「怖いことなどあるものか。亡くなった人のことは全部覚えている。たまに夢にも出る。その時はよく来てくれたと歓迎する。彼らはずっと私の心の中で生きている。私がこの世で彼らに出来るせめてものことだ」 そう言うと、竹尾医師は自らの過去を思い返すかのように目を閉じた。
「先の戦争では敵味方多くの人が死に、若者が将来を奪われた。君のお祖父さんと私はそれをビルマで嫌というほど見た。ずっとあれから私は後悔の中で生きている。だが、希望は持っとる。君のような若者たちにな。われわれの過ちから学んで世界を変えてくれると。平和な世界にしてくれると。彼らの死を無駄にしないためにも、それが亡くなった人たちに私が出来るせめてもの供養だ」 じっと、竹尾医師はベンを見つめた。
「お祖父さんを失望させるな。この国の人のため、アフリカの人のために働きなさい。言っておくが、国家のためではない。人のためだ。君なら出来る。だからここにいるんだ」 そっと竹尾医師はベンの肩に手を置いた。
「ありがとうございます。何だか自分の悩んでいたことがひどく小さなものに思え、恥ずかしくなりました」 ベンはこれまでの曇った気分が突如晴れ上がるのを感じた。
ベンの話に驚く一方、ずっと自分は何を悩んでいたのか情けなくなった。ベンの偉大さを実感すると同時に、そこに至るまでの彼が経験した苦しみや悲しみに思いを馳せた。そして、竹尾医師にも。
「ベン、ありがとう。自分の小ささを痛感するだけだけど」 俯いて言った。
「そんなことはない。ドクター・タケオが言うようにわれわれが希望となって世界を変える。そのために不可欠なプロセス、通過儀礼だと思えないか?」 ベンが言った。
ベンには全てお見通しなのだろう、インターン時代の事故やリンダのことなど話さなくても。
「不可欠なプロセス。いつか抜けることが出来るかもしれないが、それまでは辛いだろうな」 ベンの言葉が何となく理解出来た。
「そうだ。それにこの世界には無駄なことはない。人生もそうだ。失敗を含め、全てから学び、前に向かう。俺はここから逃げない。俺はずっとアフリカと共に生きる」 ベンが強く言った。
ベンの力強い言葉に自分も勇気づけられた。この男ならアフリカを変え、世界を変えられるだろう。
「ベン、自分も微力ながら役に立てれば嬉しいよ」 ベンと一緒に働こうと決意した。
「日本のブラザー、ありがとう。そう言ってくれるとありがたい」
ベンの大きな手が伸び、力強い握手を交わした。
『アフリカの水を飲んだ者は、またアフリカに戻る』という、クミさんの言葉を思い出し、なぜかリンダが微笑んでいる感じがした。
その後22日、国連安保理はルワンダでの住民保護と人道支援のためにフランス軍を派遣し、ルワンダ南西部に「保護地域」を設定する決議をした。この地域の治安がその後の国連平和維持軍の展開で回復・維持されるまで駐留するという。
ルワンダ政府軍、RPF、そしてフランス軍の三つの勢力が、ルワンダ北西部、東部、南西部と分割するように対峙した。その中、RPFは首都キガリを掌握し、政府軍地域への攻勢を進めていた。