求める心 離れる心(一)

文字数 2,197文字

 寄り添ったまま、世良と水島はいつしか眠りに落ちてしまっていたようだ。二人が目覚めたのは18時を少し過ぎた後だった。
 日照時間が長い時期なので窓の向こうはまだ明るいが、もうすぐ西側の空に夕焼けが広がるだろう。

「やっべ! セラ、風邪ひいてないか!?

 弱めだが冷房が入っている部屋で、タオルケットも何も掛けず裸のまま寝ていた。

「大丈夫だと思います。コハルさんとくっ付いていたので……その」

 今更だが裸でいることが恥ずかしくなって世良は目を伏せた。そんな彼女の頬に水島は優しくキスをした。

「残念。もうちょっと一緒に居たいけど、そろそろ下に降りないとな」

 水島は夜間、寮の警備に就かなければならない。世良もそろそろ夕食を摂っておくべき時刻だ。小鳥は今どうしているだろうか。
 二人は脱ぎ捨てていた衣服を身に着けた。

「これ、洗わないとね」
「わあぁっ、私がやります!」

 汚れたタオルとシーツを手にしようとした水島を、世良は慌てて止めた。

「? どうせ一階へ降りるんだから僕が持っていくよ」
「いやっ、たぶんこれ、洗濯機に入れる前に手洗いしなくちゃ汚れが落ちないヤツです! 私がやります!!

 シーツは汗程度だが、腰の下に敷いていたタオルには血液を含む様々な汚れが付着していた。真っ赤な顔でタオルを死守する世良を見て水島は噴き出した。

「解った、世良に任せるよ」

 安堵の表情を浮かべた彼女に、水島は心配する振りをしてからかった。

「セラの身体、相当疲れてるからな? 後で熱が出ちゃうかもだから、今夜は筋トレやめておけな」
「は、はい……そうします……」

 照れで語尾が消え入りそうなセラへ、水島はもう一度キスをした。

「またね、セラ」
「………………」

 ポ~っとした顔で自分を見送る恋人に手を振って、水島は先に部屋を出た。廊下を歩きながら自然と顔がニヤけてしまう。

(この僕がヤッた後に、まさか寝落ちするとはね~)

 今まで彼にとって女は性欲の解消相手に過ぎなかった。馴れ合いたくなかったので、事の後はさっさと退散していた。相手に長居されないように自分の家には絶対に呼ばない。
 そんな彼に当然だが女達は不満をぶつけた。「付き合っているのだからもっと大切にして」と。それが面倒臭くて、一時期はプロの女だけを相手にしていたのに、彼女達にも本気になられて付き纏われた。
 恵まれた体躯、優れた戦闘能力、回転の速い頭、明るい言動の中に時折見せる影。雄として優秀な彼を、強い種を欲する雌は本能で求めるのだ。

(セラとはずっと一緒に居たいって思った。本当に家族になれたらいいのに)

「お、水島じゃん」

 近くの部屋の扉が開いて、トイレに行こうとした三枝が顔を覗かせた。以前は一年生の生徒が使っていた部屋。彼女はここを自室にしているようだ。

「どう? セラちゃんと上手くいった?」
「おかげさまで。今まで彼女と一緒に居ました」
「そりゃ良かった。ちゃんと避妊したでしょうね?」
「いや?」
「……ちょっとコラ、アナタ自分の快感を優先したの!? 大変だ、セラちゃんにアフターピルあげなくちゃ!」

 部屋へ戻ろうとした女医の腕を水島が掴んだ。

「大丈夫ですよ、センセ」
「え? セラちゃんと……しなかったの?」
「しましたけど、大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょうが。女子高生が妊娠しちゃったら大変だよ!? 進学にも就職にも影響が出るんだからね?」

 軽い口振りの水島に三枝は苛ついた。出産するにしても堕胎するにしても、傷付くのは女の身体なのだ。

「僕が責任取りますから」
「責任……って、え、結婚するってこと?」
「はい」
「ちょっとおい、結婚てね、そんな簡単なものじゃないんだよ? 若い人は結婚に夢を見がちだけど、この上無いってくらいに現実的な制度だからね?」

 三枝は恋人同士を応援したいと思っている。しかし水島と世良はまだ若いカップルだ。望まぬ妊娠をして学生結婚、そして結局離婚した三枝の母親。世良もそうなるのではと危惧してしまった。

「セラも家族を欲しがっていました。問題無いです」
「それはいつか、の話でしょ? 今すぐ結婚は性急だよ。アナタの方が年上なんだから、そこら辺はしっかりしてあげて。ゆっくり時間をかけて付き合いなよ」
「センセ」

 水島は三枝の腕を掴む手に力を込めた。

「これは僕とセラの問題ですから」

 ……痛い。掴む力が強過ぎる。水島へ抗議しようとした三枝は彼の目を見てゾッとした。

「余計な邪魔、しないで下さいね?」

 氷のように冷たい眼差し。それに見据えられた三枝は身体を硬直させた。
 いけない、彼に口答えしてはいけない。
 携帯しているあのサバイバルナイフで刺される。大げさではなく、三枝は本気でそう思った。

「んじゃ、失礼しま~す」

 一瞬にして水島は、愛嬌たっぷりないつもの彼に戻った。三枝の腕を離し、笑顔で一礼してから去って行った。

「……………………」

 残された三枝は茫然と佇んだ。今のは何だったのか、アレが水島の本性だったのか?
 お調子者だが仕事はキッチリやる警備隊員。それが水島という青年への印象だった。だが覗かせた彼の一面は、とてもとても恐ろしいものだった。

(アタシ、早まっちゃったかも……)

 良かれと思って水島の恋を後押しした。その結果、世良へとんでもない化け物を(あて)がってしまったのだとしたら。
 悪い憶測が脳内を駆け巡り、彼女はしばらくその場から動けなかった。
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