迷宮へ(三)

文字数 2,010文字

 頭を打たないように両手で護りながら、世良は音楽室の床の上に落ちた。顔を上げた彼女の瞳に、歓迎したくない来客が映った。

「白装束の女! 入口に居る!!

 触手と戦闘中の水島と京香も横目で窺った。音楽室の入り口に白い着物姿の女が佇んでいた。

 パンッ。

 水島が女へ銃を構えて一射。狙ったのかまぐれか、彼が放った弾丸は当てるのが難しいとされる頭部へめり込んだ。
 女は一旦後ろへ()()ったが、すぐに体勢を立て直した。その際に顔の半分を隠していた髪の毛が横へ流れた。

「…………!」

 出現した女の目には眼球が無く、黒い窪みとなっていた。

「……マジもんの化け物だな。銃は効かないのか?」
「餓鬼は銃や刃物で倒せました。化け物でも物理攻撃は有効なはずです」
「んじゃ何処かに弱点が有るな。手っ取り早く全身を蜂の巣にしてやるよ」

 水島が追撃しようとしたその時、女の目と口からドバっと触手が吐き出された。
 グロテスクな光景に流石の水島も一瞬(ひる)み、その隙を突いて左右から伸びた触手が彼の腕を絡め取った。

「野郎!」
「今助ける!」

 拘束された水島を救ったのは世良だった。彼女は自分のナイフを拾い、水島を締め上げようとしていた触手達を断ち切った。
 京香が高い声を上げた。

「あれ、あれを見て!」

 白装束の女は痙攣していた。着物から露出している部分の肌が、盛り上がったり陥没したりボコボコ動いていた。
 皮膚の下に何か居るのか? 世良達が顔を(しか)めた数秒後、

 ゴバァッ。

 女の皮膚を突き破り、無数の触手が発生した。それらは増殖し、明らかに最初の体積の十倍近くに膨れ上がった。かろうじて着物の切れ端が引っ掛かっている程度で、もはや人間の姿だった頃の面影は残っていなかった。
 音楽室の扉を破壊して入ってきたのは、巨大な触手の塊であるおぞましい化け物だった。

「アレが一階のボスってところか。イソギンチャク野郎が」

 水島のハンドガンが再び火を吹いた。だがウネる大量の触手の前では、十五連発の短銃はすぐに弾切れとなった。

「畜生! マシンガンを支給してくれよ!!

 吠えた水島は、結局サバイバルナイフで触手に挑むことになった。世良と京香もそれぞれの武器で増えた触手に応戦した。
 数分の間、激しい攻防が繰り広げられたが触手の数が減ることは無かった。

「クソッたれが、これじゃあいつまで経っても終わんねえぞ!」

 ナイフに付着した粘液をズボンで拭い取りながら、水島が苛立ちを露わにした。世良とて同じだ。彼女は白装束の女だったモノを凝視した。
 動く触手の影に何やら見えた気がした。

「あっ……! 左の横、赤く光る部分が有る!!

 ウルトラマンのカラータイマーのように、ソレは奴にとって重要な器官に思えた。

「私にも見えたわ!」
「コアってやつか? アレを破壊すれば倒せるのか?」

 京香と水島も新発見に色めき立ったが、触手が邪魔で近付くことができなかった。

「私が道を切り開く!」

 勇ましく京香が宣言して、彼女は化け物へ突進した。しかし大量の触手がすぐに彼女の身体へ巻き付き動きを封じた。ミイラの包帯の如く触手に巻かれていく京香。顔も塞がれていく。

「清水さんを放せぇっ!!

 ナイフでちまちま斬っていても(らち)が明かないと判断した世良は、音楽室のイスを化け物へ力いっぱい投げ付けた。本体まで届かなかったが、途中で何本かの触手が消滅した。京香が()で薙ぎ払った時のように、打撃でも当たり所によっては有効なのだと知った。
 世良は片っ端からイスを投擲(とうてき)していった。彼女は女性にしては腕力も有る。近付いてきた触手はイスで殴り付けた。ナイフを使うよりも一度に多くの触手を消滅させられた。

「ナイスだイケメンちゃん!」

 触手が減った為に、水島は本体への接近を果たしていた。本体は当然水島を攻撃対象と定めたが、触手の包囲網が出来上がる前に水島は至近距離に到達した。
 今まではリーチの長さで優位に立っていた化け物だが、今回はその長い手足が仇となったのだ。

「くたばりやがれぇぇぇ!!!!

 水島は自身のサバイバルナイフを両手で握り、化け物の赤く光る部分へ深く突き刺した。

『グエエエエエエエエエエ!!!!!!

 推測した通り、そこが化け物の核であった。
 致命傷を負った奴は汚らしい断末魔を大音量で発した。思わず世良は耳を両手で塞いだ。
 水島がナイフを抜くと、そこから大量の粘液が噴き出した。まるで穴の空いた風船だ。化け物は苦しそうに大きく左右に揺れた。振動が床を伝わった。

「お?」

 水島が離れたと同時に、化け物は一瞬にして灰色に変化した。その後、(もろ)い砂細工のように崩れ落ちた。
 そこからは餓鬼と一緒だった。(ちり)と化して奴は消滅したのだった。

「倒した……か?」

 水島は油断せず化け物が居た地点を見ていたが、奴が復活してこないので勝利を確信した。そして肩を震わせて笑ったのだ。

「ヤベッ……、これ楽しい。マジもんのエクスタシーだ」
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