学院警備隊(一)

文字数 2,561文字

 一年で最も日照時間が長い6月であるが、それでも夜はやってくる。もののけ達の時間だ。

「電気は消した方がいいのかなぁ」

 (ともしび)を目印にまた餓鬼が寮を襲うかもしれない。消した方がいいのだろう。しかし少女達は暗がりの恐怖を忘れていなかった。よく見えない空間で悲鳴が次々と上がり、何が起きているのか判らない状態で顔見知りの生徒達が死んでいく。もうあれを繰り返したくなかった。

「前回は油断しているところを襲われたから沢山の犠牲を出してしまったんです。何が起きるか判った上で準備したのだから、今回は明るくても前のようにはなりませんよ」

 世良が発言して皆は頷いた。
 一階で餓鬼の襲撃に備えて待機しているメンバーは奏子、花蓮、詩音、茜、芽亜理の三年生五名。世良、杏奈、京香の二年生三名。そして一年生からは小鳥が参加した。

「それに、暗闇で刃物を扱ったら仲間を傷付ける恐れが有ります」
「だよね」

 世良と花蓮、茜が料理包丁を握っている。芽亜理と杏奈はフルーツを剝くのに適したペティナイフを。小鳥は麵棒を担当した。京香は先が鋭い傘を武器として選び、奏子と詩音は体術で戦うと申し出て素手の状態だ。

「桜木先輩が柔道の心得が有るって意外でした」

 世良の感想に詩音は照れた様子で答えた。

「大して強くはないのよ? 慣れない刃物を持つよりはマシなレベル」

 謙遜(けんそん)ではなく本当に強そうに見えなかった。詩音には後方に下がっていてもらおうと世良は考えた。

「…………静かに! 何か音がする」

 京香に言われて全員が耳を澄ました。
 ガリ……ガリガリガリ。何かを引っ搔く音がする。玄関の方からだ。一番近くに居た京香が傘を前に構えた。世良も京香の隣へ並んだ。

「清水さん、もしかしたら相手は人間かもしれない。声を掛けてみて」

 奏子の指示に京香は従った。

「……そこに居るのは誰?」

 ガチャガチャッ! 返事の代わりに玄関扉のレバー式ノブが激しく動いた。更に、

『ウギャギャギャギャッ』

 しわがれた不快な声と共に扉がドンドンと叩かれた。

「奴らです! 注意して!」
「来んの早過ぎね? さっき陽が落ちたばっかだぞ!?
「前回の襲撃で覚えたんでしょ、ここに来れば美味しい肉がいっぱい有るって!」
「桐生、笑えない冗談言うんじゃねーよ!!

 一階は騒然となった。泣きそうな顔をした小鳥へ世良は(げき)を飛ばした。

「大丈夫だから! 玄関は私と清水さんで守ってみせる! あなたは桜木先輩と一緒に後方支援に回って!」
「は、はい!」

 よし、好戦的ではない二人は下がらせた。これで玄関に集中できる。しかし世良の思惑は外れ、右側からバンバンバンッと大きな音が響いた。

「何、今度は何処!?
「キッチンのすりガラスです!!

 杏奈が叫んだ。流し台の上に設置されたすりガラスの向こうで、異形の黒い影が数体動いていた。世良と京香は玄関担当なので、台所には他のメンバーが詰めた。

「ちょっとあれ、破られるんじゃない……?」

 茜の嫌な予想が当たった。ガラスに亀裂が入り、黒い影が動く度にその範囲が広がった。

 ガシャアン!

 そしてついにガラスの一枚が粉々に砕け散った。そこから緑色の肌をした醜い化け物が姿を覗かせ、次の瞬間、跳躍して食器棚の近くに居た芽亜理へ飛び掛かった。

「うわあぁぁぁぁぁ!!

 食器棚に鮮血がペイントされた。誰もが最悪な想像をしかけたが、血は芽亜理のものではなかった。

「ああぁぁぁあ!!

 芽亜理がペティナイフで餓鬼をめった刺しにしていた。餓鬼の身体から噴き出す血が芽亜理の顔や身体を真っ赤に染めた。

「まだ来ます!」

 防御力を失った窓から、続いて二体の餓鬼が室内へ飛び込んだ。

『グケケッ』

 白濁した目でも獲物がしっかり見えているようだ。餓鬼の一体が四つん這いで走り、後方に居た弱そうな小鳥と詩音の方へ向かった。

「いやぁっ、来ないで!!

 小鳥の叫び声に反応して世良は彼女達の元へ走った。だが間に合わない。餓鬼の方が距離が近い。

「くそっ」

 しかし餓鬼の鋭い爪が小鳥を切り裂こうとした瞬間、その餓鬼の身体が半回転して、ドシンと音を轟かせながら背中から床に落ちた。

「えっ……」

 詩音が餓鬼を投げ飛ばしたのだった。呆然とする世良に詩音が指示を出した。

「高月さん、とどめをお願い!」
「あっ、はい」

 マットも畳も無い固いフローリングの床に叩き付けられた餓鬼は気絶していた。世良はソイツの喉元へ正確に包丁を突き刺した。
 ぶしゅっ。包丁を抜くと血が噴射した。小さな赤い噴水だ。

「桜木先輩……充分お強いですよ」
「ありがとう、段は持ってるのよ」

 二人で乾いた笑いを交換し合った。

「もう一体は……?」
「大丈夫、あたしと桐生で仕留めた」
「ったく、冗談じゃないっての」

 舌打ちした茜の手は血塗られていた。花蓮も。錯乱している様子の芽亜理は、背後から奏子に羽交い絞めにされていた。

「窓どーすんのよ。あのままにしておいたら次々に入ってくるよ?」

 その通りだ。取り敢えずガラスに張り付いていた三体の餓鬼は倒したが、守りを破られてしまった以上、第二波、第三波の襲撃を覚悟しなければならない。

「べニア板でも有れば塞げるのに……」
「何処かのドアを外して持ってきて、板代わりにすればいいんじゃないですか?」
「それだ!」
「でも大がかりな作業になるよ? 作業中に襲ってきたら対応できないんじゃない?」

 頭を悩ませている皆に京香が言った。

「今日は諦めて戦いに集中した方がいいでしょう。作業は明るくなって餓鬼が退散してからで」

 それしか無いのだろう。だが夜は始まったばかりだ。

「朝まであと何匹倒せばいいの……?」
「さあ? でももう次の奴が来そうですよ?」

 枠だけになった窓へ再び餓鬼が姿を現した。唇を噛んで少女達は武器を構え直した。

 パアンッ!

 だが乾いた音が鳴り響き、餓鬼の頭が横から吹っ飛ばされた。
 何が起きたのか理解できず、少女達は無言で顔を見合わせた。

 パンッ! パンッ!

 その後も何回か乾いた音が響いた。小鳥が怯えながら世良に尋ねた。

「これって……拳銃の音ですか?」
「判らない……」

 考えが(まと)まる前に、玄関の扉がまたドンドンドン! と叩かれた。

「おおい、ここ開けてくれ! 学院警備隊のモンだ。助っ人にやってきたぞ!」

 今度は気さくそうな男性の声と共に。
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