生き残る為に(三)
文字数 2,457文字
☆☆☆
迷宮を調べない限り事態の終息は訪れない。京香のこの主張を、少女達は奏子と花蓮の寮長コンビにも聞いてもらった。彼女達も興味を示したものの、実行するには警備隊員達の高い戦闘力が必要不可欠だとの結論になった。
皆は隊員達が起きる時間を見計らって一階へ下りた。廊下を大人数で移動しているところを、シャワー室から出てきた茜と芽亜理に見られて、不審がる両名も付いてくることになった。詩音はそれについて危機感を覚えた。
(ついてないな、アカネに見つかるなんて。雫姫が校舎を徘徊しているかもしれないと茜に知られたら、きっと面倒なことになるよね……)
時刻は13時。隊員は全員起きていた。保存食を食べていたり銃を手入れしていたり筋肉トレーニングをしていたり、思い思いのことをして過ごしていた彼らに声を掛けて、レクレーションルームへ集まってもらった。
そこで京香が迷宮探索の必要性を説き、世良と、そして詩音が賛同の意を表明した。
聞き終わった隊員達は一様に渋い表情となった。
「校舎が迷宮化……? そんなことが本当に起きたのですか?」
「見取り図を目にしたことが有るが、外から見る限りは拡張したような感じは無いぞ? ただ、確かに校舎の壁は光って見えたな」
世良が詳しく、校舎の中へ入ったことが無い彼らに説明した。
「外からでは変化が判りにくいんです。中に入ったら一目瞭然です。壁に木の根のようなものが這っていて、廊下が長くなって職員室が消えていて、無いはずの地下へ通じる階段ができていました」
「ガチでぇ?」
「本当です。あの中だけ時空が歪められたような印象なんです。校舎へ入りさえすれば、清水さんの言う異世界説も有り得るって思えますよ」
「ハハッ、迷宮探検なんてゲームの世界みたいじゃん? マジで異界と繋がってんなら行ってみたいよ」
お調子者の水島に隊長の藤宮が苦言を呈した。
「おまえなぁ、遊びに行くんじゃねーんだぞ。お嬢ちゃん達の話が本当ならとんでもない事態だ。ここで化け物と戦うよりも、危険度は数倍跳ね上がるだろう」
「でも、試してみる価値は有ると思います」
詩音が進言した。
「まずは一階部分だけ。私達は地震の後に四人で校舎へ入りましたが、全員が生還できています。昼間に出掛けて、まずは玄関に近い所から調べてみましょう」
「まぁ、出入口付近なら……大丈夫か? 危険を感じたらすぐに外へ出られるからな」
「そうです。陽射しの元まで化け物は追ってこられないでしょうから。一階から初めて、行けそうなら他の階の探索も。そうやって少しずつ行動範囲を広げていけばいいんです」
「まんまゲームだ。ププッ。セーブポイントが有れば完璧。オートマッピング機能は使えんのかな? プププッ」
一人で笑っている水島を無視して、茜が詩音に意地悪く質問した。
「臆病なアンタが危険な場所に行こうなんて言い出すとはね。校舎に何か有るの?」
「……清水さんが唱えた説を支持してるのよ。化け物が湧き出る根本を断たないと、いつまでも戦いは終わらないでしょ?」
「そんなあやふやな予想に命を懸けるの? アンタが?」
「いけない? 私も高月さんのように待ちの戦法が嫌になっただけ」
茜と言い合う詩音を見て世良は少し驚いた。穏やかな雰囲気の詩音だが、茜に対しては好戦的になるんだなと。
「まぁいいや。私も校舎探索に賛成ー」
茜が手を挙げて意思表示した。
「異変が起きた原因がハッキリしない限り、ずっとビクビク怖がってなきゃ駄目だからね。だったら調べた方がいいでしょ」
アンタはそんなタマじゃないだろうと、茜と陰で手を組んだ水島は内心苦笑していた。
詩音は気が気でなかった。
(アカネが乗ってきた……。私の目的を探ろうとしているんだ)
藤宮が両手を軽く前に出して制した。
「お嬢ちゃん達の気持ちは解った。だがな、俺の一存では許可は出せない。室長に指示を仰 がないとな。ちょっと待て」
そう言って藤宮は部屋の隅に置いていた、自分の荷物を入れたリュックを漁った。彼が取り出したのはトランシーバーだった。寮母の物とは違った。隊員に支給された物だろう。
「こちら藤宮。桜妃女学院の藤宮。応答してくれ」
『こちら学院警備室。当番の高木だ。どうぞ』
藤宮の呼び掛けにすぐ反応が返ってきた。
「高木さん、室長は近くに居るかい? 話したいんだが」
『隣の部屋で理事達とリモート会議をしている』
「理事達と? ちょうどいいや。学院の生徒達が異変の元凶と思われる校舎の探索を希望しているんだが、許可していいか理事達と室長の両方に聞いてくれ。行くとなればもちろん俺達が護衛するが、100パーセントの安全は保証できないんでな」
『了解、聞いてみる。少し待っていてくれ』
待たされること十分。当番の高木と言う男ではなく、室長である立川の声が聞こえた。
『こちら警備室長立川。藤宮、聞いているか?』
「ああ。他の隊員と生徒達も居るよ」
『校舎の探索の許可が下りた。学院の外も大変な状況で動けない。生徒達の手で事態を好転させられそうなら、試してみろというのが理事会の総意だ』
「………………。そうかい」
藤宮は複雑な心境だった。
上から「生徒を監視し、彼女達が学院の外へ出ることを阻止しろ」という意味不明な命令を受けていた。質問は許されなかった。
そう、警備隊員は生徒を護る為に来た訳ではないのだ。
(こんな危ない場所に十代のガキを閉じ込めて……、理事会は彼女達に何をさせようとしているんだ? それにあの化け物はいったい何だよ。ここで何が起きていやがるんだ)
原因を探りたいと思っているのは、藤宮とて同じだった。
『ただし』
立川が付け加えた。
『全ての行動には自己責任が伴う。校舎の探索には、危険だと理解した上で覚悟を持った者だけが参加すること』
「……了解」
暗に死者が出ても理事会は責任を取らないということを匂わせてきた。
大人達から梯子 を外された少女達を不憫に思いながら、藤宮浩司は通信を終了した。
迷宮を調べない限り事態の終息は訪れない。京香のこの主張を、少女達は奏子と花蓮の寮長コンビにも聞いてもらった。彼女達も興味を示したものの、実行するには警備隊員達の高い戦闘力が必要不可欠だとの結論になった。
皆は隊員達が起きる時間を見計らって一階へ下りた。廊下を大人数で移動しているところを、シャワー室から出てきた茜と芽亜理に見られて、不審がる両名も付いてくることになった。詩音はそれについて危機感を覚えた。
(ついてないな、アカネに見つかるなんて。雫姫が校舎を徘徊しているかもしれないと茜に知られたら、きっと面倒なことになるよね……)
時刻は13時。隊員は全員起きていた。保存食を食べていたり銃を手入れしていたり筋肉トレーニングをしていたり、思い思いのことをして過ごしていた彼らに声を掛けて、レクレーションルームへ集まってもらった。
そこで京香が迷宮探索の必要性を説き、世良と、そして詩音が賛同の意を表明した。
聞き終わった隊員達は一様に渋い表情となった。
「校舎が迷宮化……? そんなことが本当に起きたのですか?」
「見取り図を目にしたことが有るが、外から見る限りは拡張したような感じは無いぞ? ただ、確かに校舎の壁は光って見えたな」
世良が詳しく、校舎の中へ入ったことが無い彼らに説明した。
「外からでは変化が判りにくいんです。中に入ったら一目瞭然です。壁に木の根のようなものが這っていて、廊下が長くなって職員室が消えていて、無いはずの地下へ通じる階段ができていました」
「ガチでぇ?」
「本当です。あの中だけ時空が歪められたような印象なんです。校舎へ入りさえすれば、清水さんの言う異世界説も有り得るって思えますよ」
「ハハッ、迷宮探検なんてゲームの世界みたいじゃん? マジで異界と繋がってんなら行ってみたいよ」
お調子者の水島に隊長の藤宮が苦言を呈した。
「おまえなぁ、遊びに行くんじゃねーんだぞ。お嬢ちゃん達の話が本当ならとんでもない事態だ。ここで化け物と戦うよりも、危険度は数倍跳ね上がるだろう」
「でも、試してみる価値は有ると思います」
詩音が進言した。
「まずは一階部分だけ。私達は地震の後に四人で校舎へ入りましたが、全員が生還できています。昼間に出掛けて、まずは玄関に近い所から調べてみましょう」
「まぁ、出入口付近なら……大丈夫か? 危険を感じたらすぐに外へ出られるからな」
「そうです。陽射しの元まで化け物は追ってこられないでしょうから。一階から初めて、行けそうなら他の階の探索も。そうやって少しずつ行動範囲を広げていけばいいんです」
「まんまゲームだ。ププッ。セーブポイントが有れば完璧。オートマッピング機能は使えんのかな? プププッ」
一人で笑っている水島を無視して、茜が詩音に意地悪く質問した。
「臆病なアンタが危険な場所に行こうなんて言い出すとはね。校舎に何か有るの?」
「……清水さんが唱えた説を支持してるのよ。化け物が湧き出る根本を断たないと、いつまでも戦いは終わらないでしょ?」
「そんなあやふやな予想に命を懸けるの? アンタが?」
「いけない? 私も高月さんのように待ちの戦法が嫌になっただけ」
茜と言い合う詩音を見て世良は少し驚いた。穏やかな雰囲気の詩音だが、茜に対しては好戦的になるんだなと。
「まぁいいや。私も校舎探索に賛成ー」
茜が手を挙げて意思表示した。
「異変が起きた原因がハッキリしない限り、ずっとビクビク怖がってなきゃ駄目だからね。だったら調べた方がいいでしょ」
アンタはそんなタマじゃないだろうと、茜と陰で手を組んだ水島は内心苦笑していた。
詩音は気が気でなかった。
(アカネが乗ってきた……。私の目的を探ろうとしているんだ)
藤宮が両手を軽く前に出して制した。
「お嬢ちゃん達の気持ちは解った。だがな、俺の一存では許可は出せない。室長に指示を
そう言って藤宮は部屋の隅に置いていた、自分の荷物を入れたリュックを漁った。彼が取り出したのはトランシーバーだった。寮母の物とは違った。隊員に支給された物だろう。
「こちら藤宮。桜妃女学院の藤宮。応答してくれ」
『こちら学院警備室。当番の高木だ。どうぞ』
藤宮の呼び掛けにすぐ反応が返ってきた。
「高木さん、室長は近くに居るかい? 話したいんだが」
『隣の部屋で理事達とリモート会議をしている』
「理事達と? ちょうどいいや。学院の生徒達が異変の元凶と思われる校舎の探索を希望しているんだが、許可していいか理事達と室長の両方に聞いてくれ。行くとなればもちろん俺達が護衛するが、100パーセントの安全は保証できないんでな」
『了解、聞いてみる。少し待っていてくれ』
待たされること十分。当番の高木と言う男ではなく、室長である立川の声が聞こえた。
『こちら警備室長立川。藤宮、聞いているか?』
「ああ。他の隊員と生徒達も居るよ」
『校舎の探索の許可が下りた。学院の外も大変な状況で動けない。生徒達の手で事態を好転させられそうなら、試してみろというのが理事会の総意だ』
「………………。そうかい」
藤宮は複雑な心境だった。
外
から来た彼は、学院の敷地以外は安全だと知っていたのだ。上から「生徒を監視し、彼女達が学院の外へ出ることを阻止しろ」という意味不明な命令を受けていた。質問は許されなかった。
そう、警備隊員は生徒を護る為に来た訳ではないのだ。
(こんな危ない場所に十代のガキを閉じ込めて……、理事会は彼女達に何をさせようとしているんだ? それにあの化け物はいったい何だよ。ここで何が起きていやがるんだ)
原因を探りたいと思っているのは、藤宮とて同じだった。
『ただし』
立川が付け加えた。
『全ての行動には自己責任が伴う。校舎の探索には、危険だと理解した上で覚悟を持った者だけが参加すること』
「……了解」
暗に死者が出ても理事会は責任を取らないということを匂わせてきた。
大人達から