生き残る為に(一)

文字数 2,347文字

 岡部佳の遺体をグラウンドに運んだ後、寮の自室でベッドに寝転がっていた世良の元へ来客が有った。同室の杏奈、小鳥、それから詩音だった。その中で真っ先に声を掛けてきたのは親友の杏奈だ。

「セラ、大丈夫……?」
「……うん、もう平気。心配させてゴメン」

 小鳥が世良のベッドに、対面の杏奈のベッドには本人と詩音が腰掛けた。

「無理しないでよ? アンタ泣いてたそうじゃない。一年以上の付き合いだけど、アンタが泣いた記憶なんて今まで無いからね?」
「それを言うならアンナだって。顔色凄く悪いじゃない」
「……私は寝不足なだけよ。大丈夫だから」
「私もだよ。大丈夫」

 世良の答えは強がりではなかった。問題は何一つ解決していないが、多岐川に気持をぶちまけたことによって、溜まっていたストレスがだいぶ発散できた気がした。付き合ってくれた彼には大感謝だ。
 世良は起き上がって皆と向き合った。

「それなら……話してもらえるかな? 岡部ケイさんが亡くなったんだよね?」

 遺体の運搬を見ていた詩音が尋ねた。

「彼女の死因は……何だったの?」

 世良はハッキリと言った。

「絞殺です。ケイは生徒の誰かに首を絞められて殺されたんです」
「えっ……!?

 世良以外の三人が目を丸くした。
 ショックを与えただろう。でも伝えなければ。生徒の中に犯人が居るのだから、注意喚起をしておかないと。世良はそう考えて、警備隊員とのやり取りを三人に話して聞かせた。
 遺体の状況から見て、絞殺犯は桜妃の生徒に間違いないだろうと。

「そんな!」

 震え出した小鳥が世良の右腕に抱き付いた。

「どうしてそんな酷いことを! 同じ生徒なのに!!
「……目的は判らないよ。でも、ソイツはケイを殺したんだ。自殺に見せかけた隠蔽(いんぺい)工作までして。恐ろしい奴なんだよ。だからみんなも気をつけて。脅かすようなことを言うけれど、犯人の狙いがケイだけとは限らない」
「え……私達も狙われるかもしれないってことですか……?」

 不安で泣きそうな顔をした小鳥を世良は慰めてやりたかった。だが今は、最悪な事態を想定して動くべきなのだ。もう犠牲者を出さない為に。

「その可能性はゼロじゃない。知っている人間にも気を許しては駄目だよ?」

 そう言ったばかりなのに、小鳥は世良の腕へより力を込めてしがみ付いた。自分は世良を信じるという意思表示をしたのだ。

「コトリちゃん……」

 詩音が頭を振った。

「対応が難しいね。注意は必要、でも殺人が有ったなんてみんなに伝えたらきっとパニックになるよ」
「ですよね……」
「とりあえず、ソーコとカレンに相談してみる」
「お願いします。……ところでアンナ、今朝は何処へ行っていたの?」
「えっ……」

 急に話を振られて杏奈は戸惑った。

「昨日も様子が変だったし、私に何か隠してない?」

(ああもうセラってば。どうしていつもストレートなんだろう。せめて二人きりの時に聞いてくれたら)

 杏奈は溜め息を吐いた。
 これからも茜にはちょくちょく呼ばれるのだろう。いつまでも隠し通せないと思った杏奈は、細かい所をぼやかした上で打ち明けた。

「桐生先輩の所へ行っていたの。あの……地震でいろんな物が落ちたから、片づけるのを手伝って欲しいって言われて」
「桐生先輩? アンタ達お互いの部屋を行き来するほど仲良かったっけ……?」

 仲が良いどころか、むしろ嫌っていたような。世良から(いぶか)しむ目を向けられた杏奈は再度溜め息を吐いた。

「……ウチの親の工場がさ、先輩のお父さんが取締役をしている会社から、融資を受けてるのよ」
「え……? あ、そうなの……?」
「まぁ、つまりそういう関係」
「ちょっと待ってよ。それって先輩が融資の件を盾に、アンナに言うことを聞かせてるってこと!?

 怒りそうになった世良を杏奈は慌てて止めた。

「ちょっと、騒がないでよ? 親の立場が悪くなるんだから!」
「う……」
「大丈夫だよ。部屋の掃除くらい余裕だから」

 実際はその程度では済まされなかった。茜を警護する約束を取り付ける為に、杏奈の肉体が水島に差し出されたのだ。杏奈は世良に知られたくなかった。

(そう……。田町さんはアカネ、桐生の陣営だったのね)

 自分でも驚くくらい冷静に、詩音は現状を把握しようとしていた。

(カレンと椎名さんは関谷の陣営。スポーツ特待生の高月さんはたぶん式守の陣営ね。スポーツ用品店を経営している式守理事なら、有力選手を奨学生としてスカウトしても怪しまれないもの。本人達は理事の思惑なんて知らないだろうけど)

 理事達は自分の息の掛かった少女を、雫姫に後継者として指名させようと躍起になっている。

(でも……雫姫はいつ現れるの? 何処に?)

 百年(ごと)に起こる雫姫の交代劇。間隔が空き過ぎているので詳細が掴めない。

(私達の桜木陣営にも、頼りになる生徒を数名組み込んだとお母様が言っていた。その生徒の名前は教えてくれなかったけど……。誰だか判った方が協力しやすいのに。お母様はいつもそう。ワンマンで、秘密主義で肝心なことは何も教えてくれない)

 心の中で母親に毒づいた詩音は、はたと気づいた。雫姫に指名されるのは自分の娘でなくともいい、他の理事と同じことを母も思っていたとしたら?

(頼りになる生徒とは協力者ではなく、私の保険? 私が死んだり、生き残っても雫姫に指名されなかった場合の代理人……?)

 詩音は身震いした。自分の母親が使えない従業員を解雇してきた現場を散々見てきたから。

(やっぱりそうなの? お母様の期待に応えられなかったら、私は切り捨てられるの?)

 そう考えたことは今までにも有った。しかし心の何処かでは母を信じていた。血の繋がった我が子を本気で見捨てることはないだろうと。
 両手で造った拳に詩音は力を込めて、湧き上がる暗い感情と戦った。
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