差し出された生贄(一)

文字数 2,054文字

 ピピピピピと、携帯電話のアラームが鳴った。杏奈は急いで目覚まし機能をストップさせた。
 時刻は4時45分。昨日茜から5時に部屋へ来るように頼まれて……、いや命令されていた。いったいこんな朝早くから何の用だろう? 疑問を持っても逆らうことは杏奈には許されていなかった。
 アラーム音を小さくしておいたので、向かいのベッドで眠る世良と小鳥はまだ夢の中に居た。意外にも世良より小鳥の方が寝相が悪くて、彼女の手や脚が世良の身体の上に乗っていた。それでも熟睡できる世良はきっと何処でも寝られる強者(つわもの)だ。

 杏奈は髪を整えた後にそっと部屋を出た。トイレを済ませ、顔も洗った後に三階に在る茜の部屋へ重い足取りで向かった。

「……田町です。桐生先輩、起きていますか?」

 ノックするとすぐに扉が開いた。今日も開けたのは芽亜理であった。無表情の彼女に杏奈は茜の部屋へ通された。
 ベッドには腕組みをした茜が座っていた。またアレをやらされるのではないかと杏奈はビクついたが、今日はもっと醜悪な宴が用意されていた。

「もうちょっとしたら大切なゲストが来る予定だから、アンタ達はしっかりとおもてなしをするのよ?」
「ゲスト……とは、どなたですか?」
「すぐに判るって」

 茜はニヤニヤするだけで答えてくれなかった。嫌な予感を抱えて無言で待つこと十分。扉が二回ノックされた。

「田町、開けてあげて」

 指示通り杏奈は扉を開けた。そこに立っていたのは夜勤明けの警備隊員、水島小春であった。

「あ、あなたは……」
「は~い、お邪魔しますね~」

 水島はすいっと杏奈の横をすり抜けて茜の部屋へ進入した。

「来ましたよ。お招きありがとうございます、桐生のお嬢様」
「いらっしゃい、水島さん」

 二人は笑顔で挨拶を交わした。茜は脚を組み替えた。

「時間が惜しいから単刀直入に言うね。水島さん、あなたには私の護衛を務めてもらいたいの」

 水島は右手で頭を掻いた。

「そう来ましたか。でもう~ん、個人契約は難しいかな~。僕らの任務は生徒全員のサポートだから」
「表向きはそれでいいのよ。ただ、危険に遭遇した時は私を優先的に助けて欲しいワケ」
「それは例えば、他の生徒を見殺しにしたとしても?」

 明確に問い質した水島へ、茜は躊躇(ちゅうちょ)無く答えた。

「そうよ。他の誰でもない、私の命を最優先して」

 何てことを。杏奈は茜の身勝手な言い分に腹が立った。化け物の恐怖に怯えているのはみんな一緒なのに。
 しかし水島はニィッと笑った。

「自分の欲望に素直な人は嫌いじゃないですよ。ただし特別扱いするとなると、それなりの報酬を払って頂かないとね」

 水島が話に乗ってきたので、茜は内心ほくそ笑んだ。態度には出さなかったが、やっぱり単純な男だったと彼を見下した。

「もちろんよ。私が無事に家に帰ることができたら、父にあなたを出世させるようにお願いしてあげる。父は学院警備室の創設者の一人だもの」
「う~ん、それだけじゃ弱いかな? なんせ命懸けで化け物と戦って、尚且(なおか)つさりげなくお嬢様の身の安全も確保する訳ですから。キッツイ仕事になりますよね~?」
「そうね。働きに応じてボーナスを考えておく。取り敢えず手付金として、そこに居る二人を好きにしていいよ」

 え? 杏奈は面食らった。二人って私達のこと? 芽亜理の方を窺うと彼女は(うつむ)いていた。

「……このお嬢さん達を? 男に対して好きにしていいって意味は、一つしか無いですよね~?」

 薄笑いで確認した水島に茜は肯定した。

「ええ。あなたのお好きなように。そっちのベッドを使ってちょうだい」

 杏奈は頭を殴られたように目がチカチカした。桐生茜は自分の身を護らせる為に、水島へ杏奈と芽亜理を差し出そうとしているのだ。

「あ、僕、ゴム持ってきてないんだけど~」
「生ですればいいよ。妊娠したら堕胎費用はウチが出してあげるから」
「桐生先輩!」

 (たま)らず杏奈が抗議の声を挙げた。

「あんまりです、嫌です、知り合ったばかりの人とそんなことできません!」
「ああ? 田町ぃ、アンタ私の犬になったの忘れたの?」
「アハハッ、キミお嬢様の犬なんだ?」
「私に逆らったら父親の工場がどうなるか解ってるよね?」
「う~わ~、ベタな展開!」
「だからって、そんな……」
「ん~? キミ凄いイイ身体してるけど、ひょっとして未経験?」

 半泣きの杏奈へ、水島は見定めるように頭から脚まで視線を移した。

「うん、このコ気に入った。今日の相手はこのコに決~めた」
「きゃあ!?

 水島は肉付きの良い杏奈を軽々と持ち上げた。相当な筋力の持ち主らしい。そして彼は茜の対面のベッドへ杏奈を投げ落として、自分も靴を履いたままベッドに上がった。

「ブーツのままごめんね~。ホントこれ脱ぎづらくてさ~。足も臭くなっちゃうし、デメリット多いんだよ~」
「嫌っ、やめて!」

 自分の上に乗ってきた男を杏奈は両手で押し戻そうとした。
 バシン!
 その杏奈の頬を水島が右手で打った。

「駄目でしょ? キミはお嬢様の犬なんでしょ? 犬はちゃんと主人の命令を聞かなきゃさ」

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